デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ドン・フリードマンのムーン・リヴァーを聴いてみよう

2011-04-24 08:32:22 | Weblog
 北海道を舞台にした映画は数多くあるが、なかでも山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」は今なお不朽の名作として観る人の心を打つ。浪花節的な物語や、不器用な生き方しかできない主人公と、その主人公を演じた高倉健が持つ男の純情は日本的だが、原作は意外なことにピート・ハミルの「黄色いリボン」で、「ニューヨーク・スケッチブック」に収められている作品だ。こちらも不朽の名著で何度読み返しても新鮮さを保っている。

 この絶妙な筆致の短編集をそのままピアノで表現しているのは、ドン・フリードマンだ。代表作の「サークル・ワルツ」は、ビル・エヴァンスが新しいジャズピアノ・スタイルの寵児として脚光を浴びた62年の作品だったが、エヴァンスに通ずるリリカルな美しさとエヴァンスにはない逞しさでピアノトリオの名盤として燦然と輝いている。その後、あまり話題にならないものの、散発的とはいえリーダー作を残していて、71歳のとき、2006年に録音したソロアルバムは、代表作と変わらぬ瑞々しさで一層深い味わいがある。歳を重ねて初めて出せる音といってしまえば簡単だが、そこにある響きは誰とも比べない、そして誰の真似もしないフリードマンだけの音とでも表現しようか。

 ニューヨーク・モノローグというサブタイトルが付いている「ムーン・リヴァー」がその作品で、東京での録音ながら脳裏に焼きついているニューヨークの風景を音で綴ったものだ。タイトル曲はオードリー・ヘプバーンの優雅なしぐさが思い浮かぶほどで、そのタッチはティファニー宝石店のような煌めきを放つ。ソロピアノはライブもスタジオの録音も、自らのテンションを高めなければ単調に陥り、ただの練習風景になる難しさがあるが、ここでのフリードマンは敢えてその手法をとらずリラックスして自然体でピアノに向かっているように聴こえる。それでも緊張を保てるのは、もう一人の自分と対峙したからに他ならない。

 ハミルの「黄色いリボン」は、ページ数にしてたったの6ページしかないが、凝縮された文章からは町並みや人物像のイメージが大きく広がり、行間からは登場人物の微妙な心理状態まで読み取れる。フリードマンの「ムーン・リヴァー」をもう一度聴いてみよう。無駄な音もなければ余分な音もない。音と音の間にある聴こえない音からはニューヨークの喧騒や静寂、そしてそこに暮らす人々の声までもが聞こえてくようだ。
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ブッカー・アーヴィンの宇宙飛行

2011-04-17 08:18:03 | Weblog
 旧ソ連の宇宙飛行士ガガーリンが、人類初の宇宙飛行に成功してから先日4月12日で、丁度半世紀経つという。帰還後に語った「地球は青かった」という言葉は、それまでSFの世界でしかなかった想像の宇宙を、現実味を帯びた身近な宇宙として捉えることができるほど影響が大きく、その後制作されたSF映画に映し出される地球は必ず青かった。そして、子ども心に未知の宇宙にロマンを抱かせるほどその言葉は印象が強い。

 ガガーリンがボストーク1号から見たであろう宇宙を切り取ったジャケットは、ブッカー・アーヴィンの「スペース・ブック」で、ワンホーンで自在に宇宙遊泳する傑作だ。バックはジャキ・バイアード、リチャード・デイヴィス、アラン・ドーソンで、64年当時既にスタイルが完成されていた名プレイヤーばかりである。名前から取ったブック・シリーズは、「The Freedom Book」を皮切りに「The Song Book」、「The Blues Book」と続きこのアルバムが最終巻となるが、それぞれタイトルに因んだ選曲で、自由奔放なソロ、歌心、基であるブルース、そして宇宙を思わせる広大な音楽観を表現している。

 アーヴィンは、その独特のユニークな音色と癖のあるフレーズゆえ大きく好みが別れるテナー奏者だが、止めなければ延々と吹き続けるソロはどこまでも力強い。この長尺のソロが垂れ流しと敬遠されるきらいがあるが、吹くほどに熱を帯びるフレーズは聴き手のこちらを高揚させるし、ミンガス・グループ出身ならではの流行にながされない確固たるスタイルは、同門のドルフィーやテッド・カーソン、ジョン・ハンディ同様、筋が通っている。その強い個性は文庫本を手にするような気軽さではなく、両手でも持てない全集の重みがあり、それがそのまま過小評価につながっているのだが、全集を紐解くとそこには宇宙のような未知の世界が待っているだろう。

 人類初の宇宙飛行以来、アポロ11号の月着陸や宇宙ステーションの建設等、この半世紀で宇宙開発は目覚しい進歩を遂げ、さらにこの先、半世紀も経つと隣町に行くような簡単な準備で宇宙旅行に行けるかもしれない。SF作家のジュール・ヴェルヌが、「月世界旅行」を発表したのは1865年だったが、SF小説が2世紀後には現実になろうとしている。宇宙船から地球を見て、「地球は青かった」と言ってみたいものだ。
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エリック・アレキサンダーはダルビッシュの豪球を打てるか

2011-04-10 08:28:38 | Weblog
 先月20日に行われた日本ハム対阪神のオープン戦で、阪神の新井選手がバッターボックスに立ったとき、札幌ドームを埋め尽くす日本ハムファンから大きな拍手が沸いた。早々に延期を決めたパ・リーグに対し、早期開催にこだわるセ・リーグとの調整にあたったプロ野球選手会長の労をねぎらう歓声だったのだろう。同時開催を訴えた選手会の大きな声が球団オーナーやファンに届き、今週12日に公式戦が始まる。

 ここ札幌ドームの開幕は、エースのダルビッシュがマウンドに上がるが、その150キロを超えるストレートを弾き返す勢いでボックスに立ったのは、エリック・アレキサンダーだ。91年のセロニアス・モンク・コンペティションで2位の座を獲得して以来、精力的な活動で日本のファンも多いテナー奏者で、繊細なバラードから豪快なブロウまでを吹きこなす。この年のコンペの優勝はジョシュア・レッドマンだったことから何かと比べられるが、ジョシュアはピッチャーの全配球を読み、狙い球を絞る頭脳バッターなら、エリックは初球からでも甘いコースを見逃さずに打ってくる野生バッターとでもいえばいいだろうか。

 「ヘビー・ヒッターズ」は、リズム陣にハロルド・メイバーン、ピーター・ワシントン、ジョー・ファンズワースを配したワンホーンのアルバムで、この時点のエリックの魅力を余すことなくとらえている。敢えてこの時点と言うのは、98年に録音されたこの作品以降、作品数があまりにも多いからだ。作品数が多いことを批判するわけではないが、スパンに余裕がないと二番煎じに陥りやすい。このアルバムの「スロー・ボート・トゥ・チャイナ」は、急速調の展開でロリンズに迫る勢いがあり素晴らしい内容だが、アルバム作りまで急ぐことはない。じっくり練り上げることで斬新なアイデアを出せるだろうし、タイトルの如くスローな作品作りがジャズシーンに新風を吹き込む。

 開催時期を巡っては独断専行する某球団の会長がテレビカメラに向かって、とても良識人とは思えない発言を繰り返していた。文学者ジェラルド・アーリーは、「アメリカには美しくデザインされたものが三つある。合衆国憲法、ジャズミュージック、そして野球だ」と語っている。美しくデザインするためには選手の好プレーは勿論だが、ファンのマナー、そして球団を運営する首脳陣の巨大地震への配慮や節電の意識も不可欠だ。
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エリザベス・テイラーの微笑みの面影

2011-04-03 07:32:52 | Weblog
 男なら一度は言ってみたい科白がある。「男が必死に働くのは、ダイヤと毛皮と名画を欲しがる美女のためだ」と。よほどの成功を収め、美女を手にしない限り言えないが、それをさらりと言ったのは映画プロデューサーのマイク・トッドだ。それもそのはず、映画「八十日間世界一周」を大ヒットさせ、映画史上最も美しい女優の筆頭に挙がるエリザベス・テイラーと結婚したからで、それも25歳も年下となればキザな言葉も出るのだろう。

 12歳で映画デビューして以来、銀幕を飾ってきたリズの愛称で呼ばれる大女優が亡くなったのは先月23日のことだ。数々の作品と美貌を想い出すが、なかでも「いそしぎ」は、当時はタブーとされていた不倫の恋を描いたもので、ジョニー・マンデルが作曲した主題歌「The Shadow of Your Smile」の哀しげなメロディが恋の行方を仄めかしてした。映画の原題は「Sandpiper」で、単体で旅立つ渡り鳥の磯シギを直訳したものだが、1965年にアカデミー主題歌賞を獲得したこの曲も同邦題で呼ばれることがある。今更邦題を変えろとは言わないが、歌詞も曲調も原題に沿った「微笑みの面影」と言ったほうがしっくりくる曲だ。

 数々のヴァージョンがあるなかで、この曲をアルバムタイトルにしたアストラッド・ジルベルトが際立って美しい。スタン・ゲッツと共演したことで一躍ボサ・ノヴァの女王に君臨したジルベルトの2枚目のアルバムになるが、クラウス・オガーマンやドン・セベスキーといった超一流のアレンジャーを配したことで、軽いノリだけのボサ・ノヴァではなく、より以上の洗練されたアルバムに仕上がっている。ボサ・ノヴァで映える選曲も見事なもので、「デイ・バイ・デイ」は、このアルバム以降ほとんどボサ・ノヴァで歌われるほどだ。プロデューサーはクリード・テイラーで、ジルベルトの売り出しとボサ・ノヴァを世界に流行らせる戦略が功を奏した作品といえよう。

 映画「いそしぎ」も不倫の恋なら、実生活のリズもトッドを飛行機事故で亡くしたあと、エディ・フィッシャーと不倫の恋に落ちた。アカデミー賞の候補に2度挙がりながらも不倫スキャンダルが原因で受賞できなかったが、三たびノミネートされた「バターフィールド8」で受賞している。それは投票が始まる一週間前に急性肺炎にかかり、「リズの死は時間の問題」と新聞に載ったことで同情票が集まったからだという。その新聞記事が現実になった。享年79歳。合掌。
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