デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

時さえ忘れて

2007-02-25 08:18:24 | Weblog
 新聞で毎日のように索漠たる事件が伝えられる中、イタリアの考古学者チームが、5,000年前に抱き合ったまま葬られたカップルの骨を発見したというロマン掻き立てる記事があった。その写真を目にしたときは言い知れぬ感動を覚えたものだ。いずれも歯の本数がほぼ揃っており、磨り減っていないため若くして死亡した男性と女性のものらしい。ロミオとジュリエットやアンデルセンの人魚姫のような悲恋だったのだろうか。どんな理由で死を選んだにせよ永遠の愛を誓い合った二人は、最期の瞬間まで幸せだったのだろう。

 生前の二人はジャッキー&ロイのように目を見つめ合い仲むつまじかったに違いない。写真はおしどりデュエットの記念すべき55年のデビュー・アルバムで、オリジナルはストーリーヴィル10インチ盤で発売されたものだ。その後12インチ盤で再発されたときはジャケットも変更され、通称「顔盤」として知れている。ジャズ史上に残る大名盤であり、代表作と呼ばれる彼らのもう一枚のストーリーヴィル盤、通称「足盤」とともにジャズヴォーカル界におけるおしどりコンビのデュエット・コーラスを満喫できる。

 キャプテン&テニール、マルコス・ヴァーリ&アナ・マリア、ヒデとロザンナ、ダ・カーポ等、男女のデュエットは夫婦が多く、どうやら一緒に活動しているうちに惚れ合うようだ。透明感ある歌声のジャッキー・ケインとピアノも上手いロイ・クラールの掛け合いは、昼夜行動を共にしているだけに阿吽の息に乱れはなく、そのコーラスは永遠の抱擁のように美しい。チャーリー・ヴェンチュラのバンド出身で、ビバップの洗礼を受けているせいか、モダンな唱法は垢抜けしておりデュエットの手本といえる。既にこの録音から半世紀を経ているが、彼らを超えるデュエットは聴いたことがない。

 通常発掘体は調査研究のため分解してから元の姿に組み立てるそうだが、この「永遠の抱擁」と呼ばれている骨はそのまま保存すると聞いた。考古学でも永遠の愛を誓い合った二人を一時でも引き離すことはできなかったらしい。このアルバムに収録されている「時さえ忘れて」は、時を超えて結びついている二人を歌っているようだ。
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傲慢な女

2007-02-18 07:47:21 | Weblog
 今上映中の「マリー・アントワネット」の豪華な衣装が話題をよんでいる。アカデミー賞の衣裳デザイン賞にノミネートされているらしい。桐生操さんの著書「世界悪女大全」によると、ルイ16世の王妃マリーの衣装予算は今の金で年間10億円というからテレビで紹介されるどこぞのセレブの比ではない。この時代の王妃ともなれば権力も絶大で、謙虚さはほとんどなく傲慢な女が多い。贅沢三昧なマリーの最期はギロチンでの斬首刑という悲劇だった。

 ジャズアルバムで傲慢な女は写真のソニー・クリス盤で、その名も「ゴー・マン!」という。56年にクリスはインペリアル・レーベルに3枚のアルバムを録音しており、これはその1枚で、ソニー・クラークの好サポートもありワンホーンの傑作だ。1曲目の「サマータイム」は数あるこの曲のバージョンでも最右翼に入る名演で、クリス自身のベストプレイともいえる。プレイヤー誰しも、生涯の中で充実した年というのがあるが、クリスにとってのそれは56年といえよう。この年の本作、「ジャズUSA」、「プレイズ・コール・ポーター」は歌心にあふれアイデア閃くソロの連続で特徴のある泣きのアルトが堪能できる。

 クリスは66年以降プレスティッジに多くの作品を残し、航空会社のCMソングにも使われた「アップ・アップ・アンド・アウェイ」のヒットもあり日本での評価は高い。本国ではチャーリー・パーカー直系の実力あるバッパーながら、ウエスト・コースト・ジャズのメッカ、ロサンゼルスを本拠にしたせいもあり不遇であった。68年にニューポート・ジャズ祭に出演したことから人気を博したものの70年から数年間はノイローズのため活動を休止している。74年に復活後は精力的にレコーディングをこなし、77年には初来日する予定だったが、日本に出発する前日にピストル自殺で亡くなった。こちらもマリー同様、悲劇の最期だ。

 「傲慢な女」という邦題(笑)は誰が付けたのかは分からぬが、たいていのジャズ喫茶や中古レコード店では通じたから猿のイモ洗い現象のようなものだろう。小生はこのジャケットに吹き出しをつけている。

傲慢な女・・・何見てるのよ 私を乗せる男は「ごまん」といるのよ あっちよ 早く行って!

脚から目が離れない男・・・go men! ゴメン!
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日本に於けるジャズ文化の啓蒙と終焉、或いは「ちぐさ」の閉店

2007-02-11 08:00:54 | Weblog
 凡そ40年前、小生がジャズを聴きだした頃は、今のようにCD店やネットで気軽に試聴できる時代ではなく、LPはシングル盤と違いレコード店でも簡単には聴けなかった。ジャズを聞き齧ると一枚でも多くのレコードを聴きたくなる。そんな渇望を満たしてくれるのはジャズ喫茶だった。そこで初めて聴くアルバム、初めて知ったプレイヤー、初めて目にするジャケット、全てが新鮮であり、ここからジャズにのめり込む人が多い。そのジャズ喫茶が70年前後をピークとして年々減少している。

 1月31日を以て日本最古のジャズ喫茶である横浜の「ちぐさ」が閉店した。開店が昭和8年というから実に74年の歴史を持つ。写真は85年に神奈川新聞社から発刊された店主吉田衛さんの「横浜ジャズ物語」という著書で、日本のジャズの歴史をみるようだ。渡辺貞夫、秋吉敏子、日野皓正、今では世界に通ずる各氏も若い頃は「ちぐさ」でレコードを繰り返し聴き、採譜した様子も伝えられている。そこは情報を交換し、勉強をする場所であった。プレイヤーのみならず、多くのリスナーもここで耳を鍛え学んだであろう。ジャズに限らず音楽や芸術、文化を理解するためには知識は不可欠であり、知ることにより世界観も広がり、時には人生観までも変えることになる。

 紫煙が漂う大音量のジャズ喫茶という空間はジャズ文化を啓蒙し、普及させた場所のひとつであり、この場がなければこれほどにジャズが浸透しなかったであろうし、プレイヤーも育たなかったかもしれない。数十年前に録音された名盤、名演を聴くことにより歴史を知り、ジャズ観も広がる。過去の大きなジャズ遺産を耳にする場や機会が減ることはジャズの衰退に繋がり、「ちぐさ」の閉店はひとつのジャズ文化の終焉を意味するのではなかろうか。現存するジャズ喫茶の繁栄と、そこに足を運ぶリスナーが増えることを期待して已まない。ジャズを知った一人でも多くの方に木ではなく森を見て頂きたいものだ。ジャズの森は深く、またその景色は美しい。

 伝え聞くところによると「ちぐさ」最後の曲は、店主がこよなく愛したビル・エヴァンスの「マイ・フーリッシュ・ハート」だったという。三十数年前、吉田衛さんとお話する機会があった。100枚のSP盤で店を始めたものの、SP盤は片面3分で終わってしまうし、針も3曲で取替えなければレコードを傷めてしまうのでとにかく忙しい。それでターンテーブルを2台にして二機連続演奏にしたのだと当時を懐かしんでおられた。昭和8年、これから日本のジャズの歴史を刻み、ジャズ文化を発信する場の最初に流れた曲は何であったろうかと思いを馳せたくなる。
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ロイヤル・フラッシュ

2007-02-04 07:08:46 | Weblog
 映画007シリーズは1作目から欠かさず観ており、最新21作目の「カジノ・ロワイヤル」も正月に楽しんだ。古くからのファンはセクシーな初代ジェームズ・ボンド役ショーン・コネリーの印象が強いが、今回抜擢されたダニエル・クレイグも男の色気たっぷりだ。クレイグの方がイアン・フレミングの原作のイメージに近いのかもしれない。冒頭から走るシーンは圧巻で、アクション映画はジェットコースターのようなスピードが大切だ。見せ場はタイトルにもあるカジノでのポーカー勝負で、相手の手はエースのフルハウス・・・さてボンドは?

 ロイヤル・フラッシュだ!偶然にもドナルド・バードに同タイトルのブルーノート盤があり(笑)、61年当時気鋭新人ピアニストとして注目されていたハービー・ハンコックが参加している。フランク・シナトラも作者のひとりとしてクレジットされている名バラードの「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」が収録されていて、よく他のトランペッターと比較される曲のひとつだ。リー・モーガンは若い頃の録音のせいか荒削りで、アート・ファーマーは叙情的に歌い上げ美しすぎてやや線が細い。バードは名前のような鳥の囀りと言いたいところだがそうはいかず、バードのバラードは線が太い。この太い輪郭がクリフォード・ブラウンの後継者とされた由縁だろう。

 バードとジャッキー・マクリーンは似たところがあって、共に参加しているジョージ・ウォーリントのカフェ・ボヘミアをはじめ、マクリーンは「直立猿人」、「クール・ストラッテン」、一方バードはジジ・グライスのジャズ・ラボ、コルトレーンの「ラッシュ・ライフ」等、サイド参加作品に名盤が多い。共に初期のリーダーアルバムは評価が高いものの、後期のそれもブルーノート盤はあまり話題に上がらない。せいぜいバードは「フエゴ」くらいなもので、この「ロイヤル・フラッシュ」も陰に隠れることが多い。フリージャズが台頭してきたころマクリーンは、「レット・フリーダム・リング」でオーネット・コールマンに接近し、バードはファンクが流行ると「ブラック・バード」というディスコ向けの作品を作っている。共に流行りに素直に挑戦する柔軟性も魅力のひとつであろうか。

 ポーカーは心理戦といわれ、勝負を分ける感情を顔に出さないことからポーカーフェイスという言葉が生まれたという。前のゲームで相手にまんまと裏をかかれ負けたボンドは、国家予算を賭けた最後の大勝負に臨んでも沈着冷静であった。バード同様、素直な小生ならジャケットのようにニヤリと笑いオールインだ。
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