デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

怒れるミンガス、フォーバス知事を嗤う

2008-11-30 08:03:42 | Weblog
 白人専用ハイスクールに黒人生徒が入学するのが許可された翌年、選挙での白人票欲しさにハイスクールに通学しようとする黒人生徒を追い返すため警察を動員した知事がいた。ついには白人黒人の共学に反対する白人たちによる暴動が発生し、連邦軍が出動し鎮圧されることになる。公民権運動をさらに激化させるひとつのきっかけとなった57年の米アーカンソー州リトルロック事件である。

 チャールズ・ミンガスの「ミンガス・プレゼンツ・ミンガス」に収められている「フォーバス知事の寓話」は、この時の州知事を嘲笑したものだ。マックス・ローチの「ウィ・インシスト」と並ぶキャンディドの代表作で、ともにメジャー・レーベルでは作ることができなかった政治的主張が強い作品である。レーベルの監修に当たったナット・ヘントフは、プレイヤーに完全な自由を与えたため、制約のある商業レーベルとは一線を画す作品群が並ぶ。Candid とは「腹蔵なく言う」という意味で、キング牧師らが指導者となった公民権運動に音楽を通して発言の機会を与えたことの意味は大きい。

 政治色が強いとはいえ、音楽的にも非常に優れておりミンガスの数ある作品でもベストに位置する内容である。エリック・ドルフィー、テッド・カーソン、ダニー・リッチモンドというミンガスの主張をダイレクトに表現できるメンバーの音のぶつかり合いは集合即興演奏の極致といえるもので、録音された60年以降、音楽手法のみならず反骨精神もフリージャズに影響を及ぼしたものだ。レッド・ノーヴォやパーカーと共演した時代からベーシストとして偉大であるばかりでなく、バンド・リーダーとしても大きな足跡を残している。多くのベーシストのなかでリーダー作品数がトップなのは、一作ごとに込められた強いメッセージをファンがいつも待っていたからなのだろう。

 どこの国にも自分のことしか考えない知事はいるもので、「関東大震災は関西経済のチャンスだ」と述べた知事がいる。13年前の震災による痛みを知る県の知事とは思えない発言だ。ミンガスなら兵庫県知事の寓話ならぬ愚話とタイトルを付けたかもしれない。
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有頂天時代の今宵の君は

2008-11-23 08:28:39 | Weblog
 凡そ70年前の映画にフレッド・アステアが主演した「Swing Time」がある。リアルタイムでご覧になっている方は少ないだろうが、「有頂天時代」という邦題が付いていた。原題、邦題とも時代を映し出しているかのようだ。この映画の主題歌はアカデミー賞映画主題歌賞を受賞した「The Way You Look Tonight」で、これまた「今宵の君は」という名訳が付いている。どなたが邦題を付けたのかは存ぜぬが、そのセンスたるや70年経った今でも色褪せることはない。

 甘いバラードだが深みのあるメロディに魅せられるのだろう、多くの名演があり、ホール・ダニエルス・オクテットにも収録されている。ダニエルスとこのアルバムはあまり知られていないが、Zim Records から出ている「Zoot Sims, Dick Nash Octet / Nashville」なら聴かれた方も多いはず。そのオリジナルがトラッド系の Jump レーベルから発売されたこのレコードである。ダニエルスはレス・バクスターの主任編曲者で、トランペッターのようだが、僅かに聴けるソロは淡白で平板なものだ。何ゆえダニエルス名義で出されたのか不明だが、映画音楽も手がけていることからこのメンバーで、映画のために録音した流れだったのかもしれない。

 オクテット編成による厚みのあるテーマはリズミカルに奏でられるが、バラードでなくても曲が持つ美しさを損なうこともなく、完成されたメロディ構成は五線譜の空間を優雅に舞う蝶をみるようだ。主役はズート・シムズで、アンサンブルに乗って悠々と現れ、シムズの最も得意とするミディアムテンポのソロは珠玉のフレーズを紡ぎだす。そして瞠目するのはこの録音が行われた55年にダウンビート誌批評家投票で新人ベストに選出されたボブ・ゴードンで、ウエスト・コーストの柔らかいバリトンの音色を残しながら本セッションの半年後には夭折した。ゴードンの栄光と悲劇の狭間で録音されたアルバムには、ジャズが持つドライブ感と、ジャズしか持ちえない一瞬のスピード感を記録している。

 「今宵の君は」を作曲したのはガーシュインやリチャード・ロジャースにも影響を与えたジェローム・カーンで、ドロシー・フィールズに作詞を依頼するため書き上げたばかりの曲を披露した。フィールズはカーンの演奏を聴いたとたん、あまりのメロディの美しさに涙を流したという。
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テッド・カーソンのワインはボジョレー・ヌヴォーの味わい

2008-11-16 07:57:13 | Weblog
 今月10日に厚労省が本年度の「現代の名工」150人を発表したなかに、レストランで客がワインを選ぶ手助けをするソムリエの田崎真也さんがいる。ボルドー地方のワイン蔵を訪ね歩き、修行を重ねた方で、客に最も合ったワインを選ばせたら日本ではこの世界で右に出るものはいない。コートの脱ぎ方、歩き方、注文の仕方等をさりげなく観察し、客の好みや体調にまで気遣い選ぶのだという。形になる物を作る職業ではないが、磨かれた技術はまさに名工である。
 
 名工はテッド・カーソンのワインを誰に選ぶのだろうか。71年パリ録音の「ポップ・ワイン」は、ジョルジュ・アルバニタ・トリオをバックにワンホーンで、しかも全曲オリジナルという意欲作だ。音色は優しいがフレーズは攻撃性のあるもので、かつてミンガスのワーク・ショップで体得した音楽性と信条は変らない。アメリカのジャズシーンが大きく変貌する70年代初頭に敢えてヨーロッパで録音したのは、雑音が入らない地で音楽的信念を貫き、アメリカでは探ることができない新境地を求めたものだ。新作毎に新鮮な作品はワインに喩えるなら新酒のボジョレー・ヌヴォーであり、名工なら主義主張の強い方に薦めるだろう。

 60年代初頭、「ミンガス・プレゼンツ・ミンガス」で、ドルフィーと共に注目を浴びたカーソンは、初リーダーアルバム「プレンティ・オブ・ホーン」で共演したビル・バロンと組んで前衛的なジャズに向った。前衛とは言っても丸味を帯びた柔らかいトーンとメロディアスなプレイは、むしろオーソドックスである。ただ、60年代という時代性で捉えるならフレーズは斬新だった。それはミンガスから学んだ反骨精神と、ドルフィーとワーク・ショップで切磋琢磨した独創性が結実したものであり、主張が強いなかにも柔軟さがあり時代の先を行くものだ。一歩進んだトランペッターとしてマイルスがカーソンを称賛したのは、伝統に基づいた高い音楽性に違いない。

 今月20日はボジョレー・ヌーヴォーの解禁日である。ポップなデザインのボトルが多種並びワイン党にとっては楽しみな日だ。「ワイン、女性、そして歌を少しも愛さぬ者は、生涯の愚者であろう」、神学者ルターの言葉である。小生は賢者ではないが、その全てを愛している。
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君恋し~恋人よ我に帰れ

2008-11-09 08:52:34 | Weblog
 ♪宵やみせまれば・・・先日亡くなられたフランク永井さんの「君恋し」である。昭和36年に流行った当時は、多分に父が聴いていたオリジナルの二村定一と比べたものだろうが、子どもだった小生の耳にも随分モダンに聞こえたものだ。大ヒット曲「有楽町で逢いましょう」のイントロは、ピアノ、ギター、ビブラフォンの合奏によるジョージ・シアリングのスタイルを用いたもので、哀愁を帯びた低音とジャズ感覚を加えた都会的な曲調は昭和という時代に彩りをつけた。

 米軍キャンプでジャズを歌っていたフランクさんのデビュー曲は、シグムンド・ロンバーグの不朽の名作「恋人よ我に帰れ」である。幾多の名唱があるが、この曲を愛唱歌にした人にミルドレッド・ベイリーがいて、44年という短い生涯で3度吹き込んでいる。40年代前半のデッカ時代の音源全16曲中、デッカ本社で原盤を紛失した2曲を除いた14曲を収録したアルバムに2回目の録音が収録されているが、編成を大ききしたものやコーラスを入れたものに比べ、ギターをバックにしたシンプルな伴奏はより伸びやかな美しい声を際立たせている。デリケートで豊かな情感、ゴムが弾けるようなスウィンギーな歌いまわしは、白人女性最初のジャズ・シンガーとしての自信にあふれ、誇り高いものだ。

 ベイリーはロッキン・チェア・レディと呼ばれたように、唯一のヒット曲はホーギー・カーマイケルの「ロッキン・チェア」で、ポップ・チューンからブルースまで歌いこなすレパートリーの広さがありながら、多くのヒットに恵まれなかった。大食からくる肥満にコンプレックスがあり、ヒットしないのはその容姿の醜さだと思い込んだらしい。不発が続き、さらに性格まで歪んだものになり、レッド・ノーヴォとの離婚にも発展したようだ。優しい性格に惚れ込んだノーヴォにしろ、可憐な歌声に虜になったファンにしろ、肥満が激しい気性に変えたことは残念でならない。「恋人」とは、ノーヴォの心変わりと元のスマートな体型であり、何度も歌ったのは失ったものをカムバックさせたかったのだろう。

 時雨音羽作詩の「君恋し」は、「苦しき幾夜を 誰が為偲ばん」、「臙脂の紅帯 ゆるむもさびしや」という奥ゆかしい昭和叙情詩が綴られる。声を低くして歌ってみよう♪涙はあふれて 今宵も更けゆく・・・衷心よりご冥福を祈ってやまない。
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スウィングピアノ・エッセンス・テディ・ウィルソン

2008-11-02 07:55:46 | Weblog
 秋というのに季節を間違えたのだろうか、タンポポが咲き、リンゴの花が開いたという。ここ北海道でもこの時期になると、冬の訪れを告げる風物詩である雪虫が飛び交うものだが、その姿もみない。今年の8月に稚内市で最低気温1・5度を記録し、115年ぶりに更新したときは真夏だというのにセーターを引っ張り出したものだが、ここ晩秋の日中は半袖でも過ごせるほど暖かい。異常気象は生態系を揺るがすというが身近にみる思いだ。

 背景の木々は秋色なのに寄り添う恋人の服装は半袖、今年の晩秋そのままのジャケットはテディ・ウィルソンの「フォー・クワイエット・ラヴァーズ」である。気心の知れたミルト・ヒントンとジョー・ジョーンズをバックにオリジナルとスタンダードをほどよく織り交ぜた作品は、必聴ジャズピアノ・アルバムに挙がることはないが、スウィング・ピアノのエッセンスを味わうなら最高の1枚だ。派手さもなく飾り付けることもない、それでいて華麗に響く珠玉の一音一音こそテディの身上であり、明快にスウィングすることの喜びや、三位一体となったピアノトリオの醍醐味をも楽しめる贅沢な作品といえるだろう。

 エリントン楽団でアンカー・マンとして活躍したハリー・カーネイは、もっとも過小評価されているジャズマンとしてテディ・ウィルソンを挙げていた。今でこそジャズの世界に人種差別はないが、ウィルソンは閉鎖的だった36年にベニー・グッドマン・トリオに参加したことでその壁を破った人なのだ。白人と黒人が利用するホテルが色分けされていた時代にグッドマンの英断も見上げたものだが、ウィルソンの勇気は賞賛に値するものであり、その後のジャズ界に及ぼした影響は計り知れない。それは差別という言葉をなくしたことは勿論だが、そのピアノスタイルはモダンの時代のピアニストにとっても手本とされたものだ。

 時期に合わない無用の事物を夏炉冬扇というが、氷点下に近い夏に炉を用意したり、冬を前に扇を取り出す方もあろう。灯油も値上がりしている昨今、北国に住む人にとって夏炉は困るが冬扇は歓迎される。
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