デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

トマトが苦手な大谷翔平選手でもブラッディ・メアリーなら飲めるかもしれない

2017-03-26 09:26:16 | Weblog
 街中の至る所に貼られている2017開幕シリーズのポスターに誘われて、ふらっとファイターズ・ファンが集まるバーに寄った。シーズン中は満席の店も先客は若いカップルだけである。話題の中心は大谷翔平選手だ。女性が「大谷君ってトマト、苦手なんだってー」と。連れの男性が「ブラッディ・マリーなら飲めるかもよ、マスター作ってよ」。シェーカーの音が心地いい。「ブラッディ・メアリーです」と鮮やかな色のカクテルがカウンターにスーッと差し出された。

 「えっ、マリーじゃあないの」「イングランドのメアリー女王に因んでおりますので、メアリーと教わりましたが、勿論マリーでもかまいません」とバーテンダー氏はフォローする。やっかいな「Mary」さんだ。発音は語学の専門家に任せるとして、カタカナ表記はマリーにメアリー、更にメリーもある。有名人は表記が定着しているが、日本にあまり紹介されない人はまちまちだ。「Mary Ann McCall」はレコードが少ないうえ、国内盤もあまり出ないので、ジャズ誌の表記は執筆者によって違う。ここらで統一してはどうだろう。目鼻立ちのしっかりした顔と力強い声からイメージするならメアリーか。

 エサ箱で見付けられず国内初CD化されたときに入手したが、帯にはマリーとある。Regent レーベルの「Easy Living」だ。録音は56年。バックのオーケストラのメンバーが凄い。ジョー・ワイルダーにセルダン・パウエル、ズート・シムズ、ナット・ピアースにウェンデル・マーシャル、ケニー・クラークのクレジットもある。となればアレンジは旦那のアル・コーンだろうって。そう思ったが何とアーニー・ウィルキンスだ。調べてみるとコーンと離婚直後の録音である。落ち込むどころか声に艶も張りもあり、むしろ活き活きとしている。一方、コーンはこの後めっきり髪が薄くなる。女は強い。

 誰が決めたのか知らないが定着した表記は耳慣れているせいもあり、まるで日本語のようにしっくりくる。自らが愛した男たち全員を不幸へと陥れたメアリー・スチュアートがマリーだと悪女に思えないし、マリー・クワントがメリーだとスカートの丈が長くなる。また、メリーさんの羊がメアリーだと語呂が悪くて幼稚園児が舌をかむ。「Mary」さんもカタカナ表記一つで印象が違うが、総じて美人が多い。
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ジャズ喫茶御用達ホレス・パーラン

2017-03-19 09:18:00 | Weblog
 「最初は、どうしたら滑らかなフレーズが弾けるのか、それに苦労した。しばらくすると、そんなことに努力をしても無駄なことに気がついた。自分のスタイル、誰の真似でもないスタイル、それを身につけたい。それなら、逆に滑らかでないフレーズとアクセントで自分を表現しようと思った」 小川隆夫著「ブルーノートの真実」(三一書房)に人生哲学ともいえるインタビューの答えが載っている。

 「うちはフリージャズしかかけないよ」とか、「ジャズヴォーカル・オンリーだから」という店は別にして、ジャズ喫茶世代なら通い始めて早いうちに出会うレコードがある。名盤と呼ばれるものは毎日のようにリクエストがあるからだ。この「Us Three」もその1枚で、たとえリクエストがなくてもかかる。大抵の店はオーディオ機器に力を入れているので、自慢のスピーカーを鳴らすためだ。まず背骨がピーンと伸びるような太いベースにやられる。そこにドラムが駆け足でやってくる。そして後頭部にガーンとくるピアノだ。ジャズ喫茶という閉鎖的な空間に緊張が走る瞬間だ。

 そしてただでさえ暗い店を真っ暗にする黒い連打がボディを攻める。初めて聴いた人は必ずといってよいほどレコードプレイヤーを見る。見えない位置にあっても目で追う。もし見えたとしてもカートリッジの先端など見えるはずもないのだが、針飛びしているのではないかと確認したくなるのだ。頻繁にかかるレコードなので、程よく傷がついていて、プチ、バシ、とノイズが入る。うまいことにフレーズの繰り返しの部分にそれが入るものだから針飛びしていると勘違いするのだ。サラ回しや常連客はそんな初心者を通い始めの自分に重ねて温かい目で見ている。

 同書にライオンの言葉があった。「ブルーノートには、同じようなタイプのホレス・シルヴァーやソニー・クラークがいたし、スリー・サウンズのジーン・ハリスもこのタイプだ。常識的に考えれば、この手のピアニストは必要なかった。でも、わたしはパーランのプレイが好きだから、レコードを作り続けた」と。2月23日にハンディを克服したピアニストが亡くなった。享年86歳。1960年に録音された名盤はジャズ喫茶がある限りかかるだろう。
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Mr. 辛島文雄のスピード

2017-03-12 08:54:36 | Weblog
 「俺が理想とするドラマーはトニーとディジョネットだよ」と言ったのは2月24に亡くなった辛島文雄だ。2007年、ライブ終了後の打ち上げで、メンバーの若いベースとドラムを叱咤激励するうち出てきた名前である。1980年から6年間ジャズマシーンに参加していたことからエルヴィンだろうと勝手に決めていたので意外だった。重量感よりスピードを求めていたのかも知れない。

 72年に大徳俊幸の後任としてジョージ大塚のバンドに迎えられたときから注目を浴びたピアニストだ。WHY NOT から出た初リーダー作「ピラニア」は鈴木勲とジミー・ホップスという名手が脇を固め、新人をサポートしていた。それに応える辛島のピアノは鍵盤を壊すかと思うほどエネルギッシュだ。次作はTBMの「ギャザリング」で、こちらは親分のジョージ大塚が参加している。ともにオリジナル曲とスタンダードを程よく配した正統派のピアノトリオだ。録音は75年と77年で、猫も杓子もフュージョンに染まっていた時代にこのスタイルとなれば拍手も大きくなる。

 数あるリーダー作から「It Just Beginning」を選んだ。録音した2003年当時、ベストメンバーといえる井上陽介と奥平真吾がしっかり支えている。トップの「You And The Night And The Music」に「All Of You」、「My Funny Valentine」、「Un Poco Loco」という有名曲をストレートに演奏しているのが実にいい。テーマを大きく崩したり、いきなりアドリブという手法も面白いが、美しいメロディは基本的に美しくというのが持論なのでど真ん中に響く。特に持ち味が出ているのは、コルトレーンがポール・チェンバースに捧げた「Mr.P.C.」で、恐ろしいほどのスピードで一気に攻める。これぞ辛島だ。

 「日本は集合時間に遅れても待ってくれるが、向こうはそうはいかない。遅れたら置いていかれる。知らない町に独りだぜ。それもジャズなんだ。すべからくジャズなんだよ」とエルヴィンのツアーの想い出を話してくれた。本場のジャズはそれだけ厳しいということだ。日常の全てがジャズだったピアニスト。あのスピードをもう一度味わいたかった。あまりに早すぎる。享年68歳。合掌。

敬称略
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ラ・ラ・ランドからスンダード・ナンバーは生まれるか

2017-03-05 09:46:04 | Weblog
 ミュージカルの楽曲を数多く話題にしているが、実のところミュージカルは苦手だ。突然歌い出して踊る理由がよくわからない。映画「ウエスト・サイド物語」はジョージ・チャキリスが恰好良くて最後まで観ることができたが、「マイ・フェア・レディ」はヘプバーンの美しさより眠気のほうが勝った。それでも「ラ・ラ・ランド」はデイミアン・チャゼル監督ときいて早速観た。先週発表になったアカデミー賞で作品賞は逃したものの6部門に輝いた作品だ。

 チャゼル監督の前作「セッション」同様、ジャズファンならニヤリとする。パーカーをはじめマイルス、モンク、ケニー・クラーク等、ジャズマンの名前が出てくるし、「ジャズが死にかけてる」という台詞も泣かせる。更にLAが舞台でライブシーンは「ライトハウス」だ。パシフィック・ジャズと並んで西海岸を代表するレーベル、コンテンポラリーが誕生するきっかけになったのがこのジャズクラブである。ディキシーランド・ジャズ専門レーベル、グッド・タイム・ジャズのオーナー、レスター・ケーニッヒが、ここに通ううちディキシーとは大きく違うモダンジャズの魅力に引き込まれたという。

 レスターが聴いたのはベーシストのハワード・ラムゼイを中心としたジャムセッションだ。アート・ペッパーをはじめハンプトン・ホーズ、バーニー・ケッセル、シェリー・マン等の名手が入れ代わり立ち代わりステージに上がるシーンを想像するだけでワクワクする。写真はタイトル通りラムゼイの6枚目のレコードで、バド・シャンクにコンテ・カンドリ、ボブ・クーパー、フランク・ロソリーノ等、錚々たるメンバーが並ぶ。どのトラックもひねりがあって面白いが、「ラ・ラ・ランド」にピッタリの曲があった。クロード・ウィリアムソンをフューチャーした「Isn't It Romantic」だ。バッキングに徹するラムゼイのビートが心地いい。

 売れない女優とジャズピアニストの恋を描いたミュージカル映画は作曲賞と歌曲賞も受賞した。独立した曲としても完成度が高いので、歌うシーンも退屈しない。レナード・バーンスタインは、「物語が進行した結果、登場人物の心境や感情を歌として表現するのがミュージカルである」と言っている。スタンダード・ナンバーがミュージカルから出てきた理由がこの映画でわかった。
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