1982年ポスト・パンクの時代に突然発表された共産圏中国初のパンク・バンドが広東州出身の"龍"(ドラゴンズ)である。地下ルートを通じてフランス人ジャーナリストの手に渡り西側に紹介された音源との触れ込みだった。
セックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」、ローリング・ストーンズの「一人ぼっちの世界」のカヴァーに、中国語によるオリジナル・ナンバーが収録されている。編成はg,ds,胡弓というトリオで胡弓がリード楽器として活躍するところが中国ならでは。英語の2曲は聴き覚えで歌っているらしく最初の方は一応英語に聴こえるが後半はワーワー叫んでいるだけである。しかしその稚拙な演奏の中にいうに言われぬ焦燥感が色濃く漂っていて、これが共産圏の若者の心の叫びだ、と感動したものである。
しかし時代は天安門事件の7年前、中国当局により西洋文化の流入が厳しく取り締まられていた頃である。いくらアンダーグラウンドとはいえ彼らのような存在が許されるわけはない。しかも録音は悪くなく胡弓のような小さな音の楽器がドラムやエレキ・ギターの爆音の中でバランスよく綺麗に録音されている。さらに中国語の歌詞はきちんと韻を踏んでおり、作詞者がかなりのインテリであることが伺える。といったわけで、このバンドが果たして本当に中国本土のバンドなのかどうか疑念が渦巻き、当時の「ミュージック・マガジン」や「朝日新聞」などで大きく採り上げられたものである。
ドラゴンズはこのアルバム1枚だけで忽然と姿を消してしまったので、当局に拘束され投獄されたとか、そもそも香港のバンドを使ったでっち上げだったとか様々な憶測が流れた。現在ではでっち上げ説が定説となっている。
当時私は大学で"鰺tation"というニューウェイヴのバンドをやっており、ドラマーが中国語科だったので、ドラゴンズのオリジナル「熱烈火焔」を学園祭でカヴァーしたこともあった。偽者だったとしても世界初の中国語のパンク・バンドだったことには変わりはない。色々権利関係が複雑なのだろうが、いつの日かCD化を望みたい珍盤奇盤である。
中国に
パンクバンドの
種を撒く
今では中国でもハードコアやノイズが普通に演奏されている。30年の時間は文化を変えた。