伝説のサックス奏者、阿部薫が晩年に拠点として出演していたことで知られる初台のライヴハウス「騒(GAYA)」の女性オーナー騒恵美子さん(通称エミさん)による回顧録。"全く音楽に関しては素人同然の"エミさんが、20代後半に長野県伊那で近藤等則、梅津和時、土取利行らの衝撃的な音と出会いフリージャズに開眼、自分が聴きたい一心で開店したのが「騒」だった。過激派の拠点だったビルを格安で借り防音のために壁や天井一面に段ボールの卵のケースを貼り巡らせキュウリのQちゃんの瓶を椅子代わりに並べる、という手作りの店で、1977~84年の7年間、阿部薫、梅津和時、坂田明、加古隆、近藤等則、浅川マキ、つのだ☆ひろ、友部正人などフリージャズからフォークまでアンダーグラウンドなミュージシャンが多数出演していたという。
この本にはジャズ評論家や他のジャズ喫茶オーナーの著作に必ず出てくる小難しい音楽論やディスクガイドなど全くない。ミュージシャンとそれぞれひとりの人間として本音で付き合い、時に頼られ時に大喧嘩をする日常の姿がヴィヴィッドに描かれている。特に付き合いの深かった阿部薫と鈴木いづみとの逸話は、伝説的に語られてきた偶像ではなく、必要以上に人間臭いふたりの知られざる興味深いエピソードが満載。
そのエミさんはこの本を書き上げて間もなく今年10月に他界してしまった。しかしこの本の中にエミさん、阿部薫、鈴木いづみをはじめ今は亡きミュージシャン達がしっかりと生きている。1970年代フリージャズやアングラ音楽に少しでも興味のある人なら必ず読むべき一冊である。長らく廃盤だった阿部薫の「ソロ・ライヴ・アット騒」全10タイトルが再発され、来年1月には1970~73年の録音の7CD BOXと、若松孝二監督 広田玲央名, 町田町蔵(町田康)主演の阿部薫&鈴木いづみを描いた映画「エンドレス・ワルツ」DVDが発売される。再び時代は阿部薫を求めているようだ。
好きだから
本音でぶつかる
音楽と
フリージャズの熱かった時代が真空パックされている傑作。