A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

その少女はピアノを弾いた~田中茉裕 MAHIRO TANAKA/『I'm Here』

2014年10月22日 00時46分16秒 | ガールズ・アーティストの華麗な世界


「誰にも書けない」田中茉裕論

●秘密の女子たち
筆者が育った家庭は転勤族で、高校入学まで地方都市の父の会社の社宅のアパート住まいだった。小学校の頃は同じ社宅に住む同年代の友達と一緒に、塀の上を歩いたり、壁の隙間に潜り込んだりして遊んだ。ベランダの下のジメジメした暗がりには大きな蝦蟇蛙が潜んでいた。むせるような土埃に顔を真っ黒にして遊ぶ男子にとっては、女子が学校から帰ってから何をしてしているのかは知る由もなかった。当時は女子と一緒にいるのを目撃されただけで、遠くから「アツイね~、アッチッチ」と冷やかされたり、翌日教室の連絡用黒板に相合傘が落書きされるのが常だったので、殆どの男子にとって女子は忌避すべき生き物だった。時折戸外でゴム飛びや縄跳びをする姿を見かけたが、それ以外は室内でままごとやお手玉やあやとりをしたり、着せ替え人形で遊んでいたものと思われる。もうひとつ、大抵の女子が自宅ですることといえば「ピアノの練習」だったのではないか。

外で遊んでいると、どこからともなく、ポロンポロンというピアノの調べが聞こえてきたものだ。それがオトナやピアノ上級者でないことは、同じ曲を何度も演奏するたどたどしいフレーズで明らかだった。男子が剣道や野球、そろばんや習字に通うところを、女子は、活発な娘はバレエ教室へ、大人しめの娘は五線譜と音符模様の手提げを持ってピアノ教室に通っていた。バレエ教室は勿論、ピアノ教室も女子の園と看做されていた。クラスにひとりだけピアノ教室に通っている男子がいた。面と向かってそれを囃し立てるような意地悪はしなかったが、彼が居ないところでは、おかまっぽくピアノを弾く真似をして笑い者にすることはあった。しかし心の中では、筆者を含め男子の殆ど全員が彼の音楽の才能と共に、女子だらけの教室に入れることを羨ましく思っていたに違いない。女子とピアノ、その組み合わせは今でも仄かな憧れとともに、立ち入ることが許されない秘密の香りに彩られている。


●鍵盤の女子力
最近の音楽業界のトレンドのひとつは「ギター女子」だと言われる。それに対抗する訳ではないが「ピアノ女子」も確固として存在する。ギター女子の多くが前向きに元気を振りまくのに対し、ピアノ女子はもっと複雑である。ある者はエレガントな指さばきで大きな愛を歌い、ある者は童謡をアレンジした変な歌声で笑いのオーラを発する。また人生に疲れたかのような呟きをノクターンに乗せる者も居る。ギターやアコーディオンのように持ち運びが出来ないので、何処でも演奏OKという訳ではない。代わりに電子キーボードを使えば可能だが、紛いなりにも「ピアノ」を名乗るからにはあくまで仮の姿と心得るべし。一方で、ある程度の財力がないと高価なピアノを自宅に置くことは出来ないので、ピアノ女子には必然的に良家のお嬢さんのイメージが伴う。




●私はここにいる(I’m Here)
“ピアノ弾き語りシンガーソングライターにはなりたくない”と明言している1993年生まれのシンガーソングライター田中茉裕を「ピアノ女子」と決め付けるのは、本人にとっては迷惑に違いない。それを承知で筆者がピアノ女子の枕詞に拘るのは、彼女の歌に、40年前の女子にまつわる原体験がオーバーラップするからである。間もなくリリースされる『I'm Here』と題されたアルバムには、幼女のようなハイトーンの歌声と、ポロンポロンというピアノと、一回聞き流しただけだと見逃してしまいそうな謎かけが収められている。3年前のデビュー・アルバム『小さなリンジー』は、ピアノだけの文字通り弾語りの小品集だったが、今作は鈴木慶一のプロデュースでストリングスやバンドを迎えて色彩豊かなサウンドを聴かせる。しかし筆者の耳には、新作の方が小学生時代に耳にした街に漂うピアノの不思議な音色を色濃く反映しているように聴こえるのだ。幼い子供の呟き、オトナへの憧れと恐れ、明日を生きる為の秘訣、無理解への憤りと開き直り、女心に潜む残酷さ、月に支配される血の匂い、性徴の悦びと不安、などと女性論を論じることも可能だろう。しかし、ジャケットの穏やかな無表情には、男子お断りのピアノ教室で育まれた透徹した女子力が感じられる。そんな彼女の歌を世間一般の女性に当て嵌めて語るのは間違いであろう。




●深窓のピアノ少女
田中茉裕は、3年前に体調を崩し暫く活動を中断、現在も本調子ではない為、ライヴ活動は当分行わないという。そんな彼女に捧げる妄想ストーリー。

その屋敷は閑静な住宅街の僕の家の隣にひっそりと建っていた。噂ではさる外資系銀行の頭取の家だと言われていたが、朝晩家政婦が買い物のために出入りする以外はほとんど動きがなく、近所付き合いもなかったので、誰が住んでいるのかは謎だった。その屋敷の2階のバルコニーの部屋の窓から、天気のいい日の午後に、ピアノのメロディが聴こえることがあった。雨の日や曇りの日には決して聴こえることはなかった。ほんのたまに、か細く高い歌声が聴き取れることもあった。

どんな時でも凜としていたい
はやくおおきくなりたい

(夕日のリリー)

それを聴いて、病気がちな少女が、体調のいい時だけベッドから起き上がり、気晴らしのためにピアノを弾いているのではないか、と僕は夢想していた。体調が安定しないのか、時折不意にピアノが中断されることもあり、そのたびにハラハラしながらも、次第に想いを募らせるばかりだった。

秋晴れの続く10月下旬、一週間続けてピアノの音がしないことがあった。僕は心配の余り居ても立ってもいられなくなり、真夜中過ぎに豪邸に忍び込む決心をした。道端のごみ箱を足掛かりに塀を越えて庭に足を踏み入れ、雨どいに掴まって壁をよじ登った。蔦の茂ったバルコニーのテラスに手をかけて、まさに少女の部屋の窓ガラスを覗き込もうとしたその瞬間、僕の耳に歌声が忍び込んできた。

みんないなくなっちゃえばいいな
みんないなくなっちゃえばいいな

(菫)



この続きは
CD聴いて
妄想してね



田中茉裕 MAHIRO TANAKA/『I’m Here』

11月12日発売  POCS-1188 ¥1.800(税抜価格)+税
発売元 グレートハンティング/UMEA 販売元 ユニバーサルミュージック
<収録曲目>
1、夕日のリリー、2、5月の太陽、3、じょうずにわらう 4、ゆるして 5、あの風は
6、菫 7、嘘ついて 8、夕焼け色の風  9、ゆるして(Demo)Bonus Track

Produced by 鈴木慶一(except track 9)
Words & Music  田中茉裕 Arranged By 田中茉裕,鈴木慶一
Vocal & Piano 田中茉裕  Programming 田中茉裕、 鈴木慶一
Drums 鈴木さえ子Cello 徳澤青弦 Guitar近藤研二 Violin 柴 由佳子




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