オーネット・コールマン(as)がドン・チェリー(tp)、チャーリー・ヘイデン(b)、ビリー・ヒギンズ(ds)とのカルテットで1959年にリリースしたアルバム『ジャズ来るべきもの(The New Shape Of Jazz To Come)』はフリージャズの金字塔的作品として高く評価される。とりわけ1曲目の「ロンリー・ウーマン(Lonely Woman)」は不協和音を配した不気味な演奏もさることなが、美しいメロディーがそれ以上に心を打ち、数多くの演奏家が取り上げている。所謂ジャズ・スタンダードと呼ばれないのは、比較的新しい曲であることと、気軽に楽しく演奏するには、ちょっと観念的過ぎる為であろう。「淋しい女」という邦題でも知られるが、「寂」ではなく「淋」とした翻訳者の心中いかばかりか。星の数ほど存在する淋しい女たちから、筆者の妄想心に火をつけた淋女(りんじょ)を集めてみた。
●オーネット・コールマン
何といってもこれが本家本元オリジナル。『Something Else!!!!(違うモノを!)』(58)、『Tomorrow Is The Question!(明日が問題だ!)』(59)と問題作を連発しジャズ界の風雲児となったオーネットが、レーベル移籍&新編成で挑んだ火薬花火。精神的兄弟ドン・チェリーと二人の調子ハズレで気紛れなデュエットは、愛する時も心ここに在らずの淋しさで眠りに落ちる女の描写であろう。
●モダン・ジャズ・カルテット
ジャズ界に大ブーイングの嵐が吹き荒れる中、数少ないオーネットの理解者だったミルト・ジャクソン(vib)、ジョン・ルイス(p)、パーシー・ヒース(b)、ケニー・クラーク(ds)からなるモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)は同時代に採用。ヴァイブとピアノによる端正な演奏は、決して取り乱すことのないプライドの高い貴婦人の心の中の深い闇を思わせる。
●チャーリー・ヘイデン
オーネット・コールマン・カルテットの要だったベース奏者チャーリー・ヘイデンは、常にオーネットの教えを心の支えとして昨年7月に亡くなるまで活動した。様々なオーネットの曲を取り上げたが「ロンリー・ウーマン」への想いは一際熱い。ジェリ・アレン(p)、ポール・モチアン(ds)とのトリオで録音したが、ソロ・ベースでの重厚な旋律は、淋しさの重さに耐える辛抱強い女性を描くかのようだ。
●ジェームズ・ブラッド・ウルマー
オーネットが70年代に打ち出したハーモロディック理論の最初の生徒だったジェームス・ブラッド・ウルマー(g)は、オーネットの新バンド、プライム・タイムには参加しなかったが、独自にハーモロディック理論を実践し、ジャズだけではなくロック/パンク/ファンクへと浸透させた功労者。ブラック(黒人)の誇りを全面に押し出したファンキーロックで、女は淋しさを踊って紛らわせる。
●高柳昌行
遠く極東で独自のフリージャズを開発したオリジネーターにして即興演奏の求道者、高柳昌行はソロ・ギターで極端にストイックな演奏。孤独な日々の淋しさのあまり、女は厳しい修行の果てに人知を超えた精神力を身につけた。
●ジョン・ゾーン
90年代NY即興・前衛音楽を牽引して突っ走ったハードコア音楽家ジョン・ゾーンのアイドルはオーネット。限度知らずの行き過ぎた変態解釈はリスペクトの証。
●大友良英
日本の前衛ジャズ/ノイズ戦士としてヨーロッパやNYシーンで名を馳せた大友良英は、若き日日を高柳昌行の付き人として過ごした。その影響だろうか、「ロンリー・ウーマン」には格別の思い入れがあるようだ。2010年11月にはアルバム一枚丸ごと「ロンリー・ウーマン」のアルバム『Lonely Woman』をリリース。淋しい女ヲタの代表格。
●ラドカ・トネフ
物悲しいメロディは、やはり生の女の生歌で聴きたいもの。MJQのジョン・ルイス主催のジャズ夏期講座の生徒だったマーゴ・ガーヤンという女性が作詞して、クリス・コナーなど何人かの女性シンガーが歌っている。1982年に30歳の若さで自ら命を絶った(事故説もあり)ノルウェーの伝説的女子シンガー、ラドカ・ドネフの歌唱は、自らが悲劇のヒロインになることを知ってか知らずか、淋しい女の心情を見事に歌い切る。
●ディアマンダ・ギャラス
70年代末のNYに突如現れた恐怖の歌声。ディアマンダ・ギャラスはエキセントリックな風貌もあわせ、世界一怖い女子シンガーかもしれない。ポップスやジャズの名曲カヴァーも少なくないが、いずれも人間離れした声を不可解な発音で吐き出すオーラで、ギャラス色に塗り替えてしまう。もしかしたらこの声の秘密は「淋しさ」なのかもしれない。
●アモン・デュールII
60年代後半ミュンヘン政治・芸術コミューンから生まれた音楽グループがアモン・デュール。68年により音楽に特化したバンドとしてアモン・デュールIIが生まれる。クラウトロックの代表バンドとして創造性を発揮したが、70年代半ばにポップ路線に転向。75年の『ハイジャック』が転向後最初の作品。酷評されることが多いが、淋しい女のカヴァーをはじめストレンジでダルなサウンドは今聴くと新鮮。
淋しさを
忘れる旋律
オーネット