2014年、クリス・ピッツィオコス/Chirs Pitsiokosとのデュオ作『パロクシズム/Paroxysm(発作)』で筆者の前に登場したフィリップ・ホワイト/Philip White。1981年生まれ、作曲家、演奏家、インプロヴァイザーとしてニューヨークをベースに活動。ハンドメイド・エレクトロニクスによる電子音楽/ノイズ演奏で知られる。日本の中村としまると同じノー・インプット・ミキシング・ボード奏者である。数多くの フリージャズ、即興音楽のミュージシャンと共演、様々なレーベルからレコーディング作品をリリースするホワイトが自ら立ち上げたレーベルが『アンタイコーザル・システムズ/AntiCausal Systems,』。
第一弾として4月29日に3枚のアルバムがデジタル・ダウンロードとカセットテープでリリースされた。
Philip White and Chris Pitsiokos / Collapse
Weston Olencki / emulsions I-IV
Charmaine Lee / Ggggg
「因果律(Casuality)」とは、哲学で、すべての事象は、必ずある原因によって起こり、原因なしには何ごとも起こらないという原理。物理学では、どの形式で事象を記述するかによって意味が異なる。古典物理学では、哲学と同じくすべての事象の原因と結果の間に一定の関係が存在し、原因は結果より時間的に必ず先行すると考え、ある時刻の系の状態が与えられれば、それ以後あるいは以前の系の状態が必然的かつ一意的に決定する。一方、量子力学においては、系の状態に因果性はあるが確率的に記述されるため、系の物理量の測定値を古典物理学のように確定的に予測することはできない。また、相対性理論においては、事象の時間的な前後関係が観測者によって異なる場合があるため、物体や場の変動(情報を伝える信号など)は光速度を超えて伝播しないという制限を課すことで因果律とする。
「反因果関係システム(anticausal system)」とは、将来の入力値のみに依存するアウトプットと内部状態を持つ仮説的システムである。また、過去の入力値に依存せず、現在の入力値に依存することを可能にするシステムと定義される場合もある。
「非因果関係システム(acausal system)」とは、将来の入力値に依存しつつ、過去または現在の入力値にも依存しうるシステムである。これは、現在および/または過去の入力値のみに依存する「因果関係システム(cousal system)」とは対照的である。これは特に制御理論とデジタル信号処理(DSP)の関連事項として話題になる。
反因果関係システムは、非因果でもあるが、その逆は正しいとは限らない。過去の入力値に少しでも依存する非因果システムは、反因果ではない。
⇒Philip White’s self-sustaining systems
些か話が学術的になってきたが、音楽的に平たく言えば「何が飛出すのかわからない音楽」と言ってよかろう。そこにはデレク・ベイリー等が提唱するノンイディオマティック(非慣習的)インプロヴィゼーションも含まれるが、それは反因果律を創出する方法の一つでしかない。かくもややこしく衒学的な名称を冠したホワイトの意図はどこにあるのだろうか。
最新インタビューによればホワイトがレーベルを始めた理由は、風変わりな方法論を確立もしくは構築過程にいるアーティストをサポートするため。自分の周りの世界を説明するにあたって、新しい理解の仕方を提案したり、新しい可能性と新しい記述方法の扉を開こうとして自らの経験を表現しているアーティストに惹かれると言う。Anticausal Systemsはそういうアーティストに焦点を当て、我が道を行くアーティストを支援し激励するレーベルである。また、ホワイト自身のスタジオや機材を用いることでレコーディング、ミックス、マスタリングのコスト面で助けになることは、実験音楽が常に直面する財政面の負担を軽くすることが出来る。
カセットテープでリリースする理由は、第一にホワイトが所有するカセットダビング機材を活用することによる簡易性と省コスト化であるが、聴取経験としても、カセットテープをセットして「今から音楽を聴くぞ」と言うことは、イヤホンをして電車を待つのとは違いがあるとホワイトは語る。
第一弾リリースは、5年目に突入した自身とクリス・ピッツィオコスとのデュオ第二作と共に、二人のアーティストの作品がリリースされる。当初は5タイトルでスタート予定だったが、そのうち2作の制作が遅れた為に、この3作がスタートになった。今後のリリースについては、ひと月一作品、年内に約10タイトルを予定している。予定アーティストはLester St. Louis, Jessie Marino, Paula Matthussen, Henry Fraser’s The Full Salon, Juraj Kojs, Sam Weinbergなど。ホワイトによれば、いずれもジャンルやスタイルには限定されず特有の語法を発展させた/ているアーティストだとのこと。
最後に第一弾リリース作品を簡単に紹介しよう。
フィリップ・ホワイト&クリス・ピッツィオコス『コラプス(崩壊)』
Philip White and Chris Pitsiokos / Collapse
⇒Collapse bandcamp
2013年に初めてコラボして以来、5年目に入る若き即興サックス奏者クリス・ピッツィオコスとのデュオの第二作。『Paroxysm(発作)』というタイトル通りお互いに激しくぶつかり合った2014年の前作に比べて、遥かに統一され叙情的になった印象がある。ホワイトは前作レコーディングの後に全く新しい楽器を設計・製作した。基本的にはDavid Tudor的なアナログ式非線形フィードバックに基づいているが、すべてデジタルでコントロールされており、ピッツィオコスの演奏を即座に分析しダイレクトに反応する電子音響システムである。それにより、両者が恰もユニゾン、もしくはハーモニーを奏でているような錯覚を起こさせる場面が随所に現れる。しかし演奏は完全即興であり、両者の長年の経験、楽器自体のパフォーマンス特性(それに基づく限界点)により、共通語彙を構築・分解・再構築した音響作品が生まれた。ホワイトによれば、ピッツィオコスの演奏が自分の指向と同様に、ここ数年どんどん叙情的になっており、両者にとって極自然なプロセスで、音色主導のノイズ的要素とメロディアスな感受性を結びつけるスペースが広がっていると言う。
エレクトロニクス/ノイズとアコースティックな管楽器とのデュオ・コラボはこれまでも数多く存在するが、どちらかが一方的に歩み寄るのではなく、どちらも自己同一性を保ったままで、これほどまでに溶け合った演奏を聴かせる例はほとんどない。「崩壊」というタイトルは、機械と肉体、電気信号と呼吸、シーケンスのパルスと心臓の鼓動というまったく異質な存在の距離が破壊され喪失することを意味するのだろう。
Philip White, Chris Pitsiokos @ JACK 4-29-18
ウェストン・オーレンキ『エマルジョン I-IV』
Weston Olencki / emulsions I-IV
⇒emulsions bandcamp
ウェストン・オーレンキはNY, シカゴ, カリフォルニアで活動する即興演奏家/作曲家/音響アーティスト。サウンドアート、作曲、エレクトリック・ノイズの境界で、人間と機械の関係性を追求する。トロンボーン奏者として数多くのグループやプロジェクトで活躍する一方、シンセやエレクトロニクスによる電子音楽演奏家としても活動するオーレンキが新たにに構築した、ノンリニアフィードバック、特注のソフトウェアコントローラ、高密度音響彫刻構造を用いたモジュラー・シンセ・プロジェクトの最初の作品。
音の有機性が際立つ、密度の濃いエレクロニック・ミュージックは、単なる機械的なノイズやテクノとは異なり、生命を吹き込まれた電子機材が嬉々としてサウンドを発する幸福感に満ちた空間を造り上げている。同時に50年代に産声を上げた電子音楽の歴史を感じさせるノスタルジックな感触を有した音響も魅力的。
pylon [2017], excerpt
シャーメイン・リー『Ggggg(グググググ)』
Charmaine Lee / Ggggg
⇒Ggggg bandcamp
オーストラリア・シドニー出身の即興ヴォイス・パフォーマー、シャーメイン・リーのデビュー作。人間の声の可能性を追求するパフォーマーは数多いが、彼女ほど楽器としての口蓋を活用し肉体感覚を共有するパフォーマーは他にはJunko(非常階段)しか思いつかない。顔を硝子に密着させたジャケット写真の奇形的な生々しさがそのまま音に転化されたサウンドアートは、人間の声のデフォルメとして、畏怖の念を覚えるほど奇矯な怪異である。橋本孝之のハーモニカ・ソロを連想したが、口とマイクロフォンの間に異物が混入し得ない直裁性的な生々しさに目を、否、耳を抉じ開けられる思いがする。時に金属のように冷たく、時に猫の舌のようにエロチックな口唇の摩擦音こそ、人体の神秘に肉薄する極端音楽のNORD(極北)に違いない。
Charmaine Lee solo @ JACK 4-29-18
因果律
崩壊した先
陰画妄想
Chris Pitsiokos, Weasel Walter, Philip White - at The Stone, NYC - Nov 23 2016