『我が輩は猫である』には、ふむふむと考えさせられる文がある。そのうちいくつかを下記に並べる。
「人間の定義を云ふと外に何もない。只入らざる事を捏造して自ら苦しんで居る者だと云へば、夫(それ)で充分だ」(下 127)
このあとに、「世の中を見渡すと無能無才の小人程、いやにのさぼり出て柄にもない官職に登りたがるもの」とある。明治の時代から、このような風潮が存在していたというわけだから、今「官職」についている者たちが、あまりにひどいのもうなずける、というものだ。
「人間にせよ、動物にせよ、己を知るのは生涯の大事である。己を知る事が出来さへすれば人間も人間として猫より尊敬を受けてよろしい。其時は吾輩もこんないたづらを書くのは気の毒だからすぐさま巳(や)めて仕舞ふうつもりである。然し自分で自分の鼻の高さが分らないと同じ様に、自己の何物かは中々見当がつき悪(に)くいと見えて、平生から軽蔑して居る猫に向かってさへ斯様な質問をかけるのであらう。人間は生意気な様でも矢張り、どこか抜けて居る。万物の霊だなどとどこへでも万物の霊を担いで歩くかと思ふと、是しきの事実が理解出来ない。而も恬として平然たるに至つてはちと一噱(いっきゃく、※「一笑」と同じ意味)を催したくなる。彼は万物の霊を背中へ担いで、おれの鼻はどこにあるか教へてくれ、教へてくれと騒ぎ立てて居る。それなら万物の霊を辞職するかと思ふと、どう致して死んでも放しそうにしない。此位公然と矛盾をして平気で居られれば愛嬌になる。愛嬌になる代わりには馬鹿を以て甘んじなくてはならん。」(155~6)
近代になってから、人びと、とりわけ青年は、自分とは何かを問い始めた。個の意識が生まれたのだ。漱石に教えを受けた学生が日光の華厳の滝に飛び込んだことがその証左である。彼はつぎのことばを遺書として残した。
- 巖頭之感
- 悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小軀を以て
- 此大をはからむとす。ホレーショの哲學竟に何等の
- オーソリチィーを價するものぞ。萬有の
- 眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
- 我この恨を懷いて煩悶、終に死を決するに至る。
- 既に巖頭に立つに及んで、胸中何等の
- 不安あるなし。始めて知る、大なる悲觀は
- 大なる樂觀に一致するを。
「今の人はどうしたら己れの利になるか、損になるかと寝ても醒めても考えつづけだから、勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。二六時中キョトキョト、コソコソして墓に入る迄一刻の安心も得ないのは今の人の心だ。文明の呪詛だ。馬鹿馬鹿しい」(205)
資本主義が導入されてから、「己の利」をひたすら追求する者たちが増えていった。現在はその窮極の段階である。
「昔は御上の御威光なら何でも出来た時代です。其次には御上の御威光でも出来ないものが出来てくる時代です。今の世はいかに殿下でも閣下でも、ある程度以上に個人の人格の上にのしかかる事が出来ない世の中です。はげしく云へば先方に権力があればある程、のしかかられるものの方では不愉快を感じて反抗する世の中です。だから今のは昔しと違って、御上の御威光だから出来ないのだと云ふ新現象のあらはれる時代です。昔しのものから考へると、殆んど考へられない位な事柄が道理で通る世の中です。」(214)
そういう時代を経て、今では昔に戻ってきていると思う。「御上」に「反抗する」者の数は減る一方である。
新自由主義の時代、トップダウンが「正しい」と強いられる世界では、人びとの多くは「反抗」を忘れて、「御意、御意」と叫ぶのである。