こんな経験ありませんか?公衆トイレに入ったら、水洗ボタンが見つからない。散々探し回ったところ、トイレットペーパーの陰に小さなボタンが…。自動水栓の洗面所で、石鹸の泡を落とそうと何度手を差し出しても、センサーの感度が悪く、水がすぐに切れてしまって手が洗えない…。
7月13日、mass×mass 関内フューチャーセンターで行われた第73回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)は、こんな身近にあるストレスからデザインとは何かを考える、有限会社ディーエムシーの河野史明さんのお話でした。題して、「『ダメマシンクリニック』でダメ出しされてしまったマシンから、作り手として抑えておきたいデザイン思考を学ぶ」。
ダメマシンクリニックというのは、デザイナーである河野さんが巷にある様々なマシンを専門家の視点から診断し、その処方を提示するブログのことです。数多くの事例が紹介されていますので、ご興味がおありの方はぜひご覧ください。
さて、今回のYMSでは、「ダメ出しされたマシン」について、2つの事例が取り上げられました。最初は、一時インターネット上でも話題になった、コンビニのコーヒーメーカのお話。慣れればどうということはないのですが、最初はどうやって買うのか迷われた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
その迷いを、不便を感じさせた要因はいったい何だったのでしょうか?それについて、まずマシンデザインそのものの要因についてまとめてみます。
<マシンのデザインの要因>
・マシンを操作する時、人の視野は驚くほど狭いということ。
・表示の聞きなれない言葉づかいは、人の認知的負担を増すこと。
・(ボタンと表示パネルのように)関連性するものが分断されていると認知されないこと。
<注意すべき点>
・一連の操作の時系列を考えたボタン等の配置。
・アイキャッチ(操作する人の注意を引き、適切な操作へと誘導する画像)による認知的負担の軽減。
・視線の推移に沿って文字位置を揃える。
さらに、マシン以外にも不便を感じさせる(認知的負担が増す)要因があります。
<マシン以外の要因>
・ポップの位置が不適切なために起こる誤解。
・購買フローの問題(金銭の支払いは、人にとって大きな意思決定の区切りとなる。その後にさらに購買プロセスを重ねることは、認知的負担を増大させる)。
デザインにあっては、この「認知的負担」というのが非常に重要なキーワードで、これを軽減するようデザインを工夫しただけで、製品に対するクレームが激減したという事例があるそうです。
2番目の事例は、公衆トイレのベビーチェア。この事例での問題点は、ベビーチェアという製品そのものより、その設置場所、つまりトイレのレイアウトに配慮が行き届かなかったために起こった悲劇でした。例えば、ベビーチェアに座っている赤ちゃんの手が届くところにドアの取っ手や、センサーがあるというようなことです。
ギブソンという知覚心理学者によるAffordanceという造語があります。モノに備わったヒトが知覚できる行為の可能性、簡単に言うと、レバーがあれば教えられなくても下げると分かる、ボタンがあれば押す、というようなことを意味するそうです。それは赤ん坊にも備わっているそうなのです。
人には元々affordanceがあるということを踏まえると、デザインは必然的にモノの操作や表示以外の行為も考慮して設計されなければならないということが分かります。つまり、そのモノの使用全体に関わる行為全体を見回したサービス設計が大切だということです。最初のコーヒーメーカーの例も同じですね。
そう考えると、良く耳にする「デザインはいいのだけど、使いにくい」といった不満には矛盾があることになります。「使いにくいものは、デザインも悪い」のです。
このような「行為全体を見渡して包括的に課題を設定し、解決策までを探ろうとする思考」のことを「デザイン思考」と言います。このデザイン思考こそ今回のテーマなのですが、それは単にプロダクト・デザインに留まらず、およそ人に関わるあらゆるビジネスに通じる思考と言えます。
最後に、河野さんはデザインを「価値ある意味を求め、それを具体化する、創意工夫そのもの」と定義しておられました。価値ある意味の「意味」とは、そのモノが持つコンテクストとコンセプトを言います。これまでの事例から分かるように、デザインとは人間の認知直接関わる問題であり、その認知がモノやサービスの消費動向を左右します。長く認知されたモノのデザインをドラスティックに変えることに大きなリスクが伴うのは、それが理由です。意味の価値を変えてしまうからです。見方を変えれば、意味の継承されたデザインであれば、仮に物理的に大きく変化したモノでも人の認知は継続されうるということでもあります。例えば、旧ローバー(現BMW)の名車MINI、今のMINIは最早ミニとは言い難い大きさですが、その「価値ある意味」が継承されているために、MINIとしてのブランド・イメージが損なわれずにいるのですね。
我々の身近にあるモノに目を向けることで、あらゆるビジネスや生活に通じる「デザイン思考」を意識してみる。それがきっかけとなり、懇親会では河野さんを囲み、さらに深い話が弾みました。
過去のセミナーレポートはこちら。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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