2024年12月6日、品川区の文化コミュニティ施設「きゅりあん」にて第67回燮会が開催されました。燮会は日本交渉協会が主催する
交渉アナリスト1級会員のための勉強会です。今回も新1級会員の皆さんを含む大勢の皆様にご参加いただきました。ありがとうございます。
今回も前回の北九州大会に続き、2部制で行われました。第1部は定例の「交渉理論研究」第25回。「第三者の介入(1)」と題してお話しさせていただきました。
これまでは、主に二者間交渉を前提として議論を進めてきました。今回のテーマは、その二者間交渉に第三者が介入するパターンを想定します。第三者介入の形態は、ファシリテーター、調停者(メディエーター)、仲裁者(アービトレーター)に分類されますが、ここでは仲裁者について扱います。
特に、「非評価的仲裁」という、ジャッジではなく解決策を提案する、どちらかといえば調停者に近い仲裁を行うNJA(中立的共同分析家)という第三者を想定します。NJAは交渉を可能な限りFOTE条件(完全情報に近い条件)で分析し、それを基に「公平な分配」を解決策として提案します。公平分配については、「
第22回交渉理論研究」で規範的解として、① 合計最大基準(双方の価値の合計が一番大きくなる合意点を選ぶ)、② 最大最小基準(取り分が少ない方の価値が最大になる合意点を選ぶ)、③ ナッシュ交渉解(資源配分が最も効率的な合意点を選ぶ)をご紹介しましたが、次回はさらに一歩踏み込んだ規範的解を検討します。
第2部は、1級会員松丸昌幸さんによる事例発表。「交渉理論を組み込んだコミュニケーションエラーの分析」と題してお話しいただきました。
およそ30年にわたり医薬品業界で勤務されている松丸さん。医薬品業界には、MR(医薬情報担当者)と呼ばれる職種があります。MRは、製薬会社を代表して、医薬品の適正使用のため医療関係者に医薬情報(医薬品の品質、有効性、安全性など)を提供する役割を担っています。一般に医薬品の営業と思われがちですが、医療機関への医薬品の販売は法令によりおこなうことができず、これはMSと呼ばれる医薬品卸売会社の営業職が行います。
交渉アナリストとしての観点から見た松丸さんの問題意識は、MRという仕事は、患者の利益、医療従事者の利益、副作用(という不利益)に関する情報提供を通じて、無意識に価値創造型の統合型交渉を行っているにもかかわらず、多くの場合、医療従事者の理解(類推)に依存したコミュニケーションレベルに留まっているため、そこから生じる誤解が創出されうる価値を妨げている(例えば、提案した医薬品が使われないなど)のではないかということです。
そこで、無意識の統合型交渉を交渉理論を通じて顕在化させ、整理することにより、コミュニケーションの非効率を低減しようという試みをご本人は「趣味」と仰っていましたが、自主的に行っておられます。具体的には、
1. MRと医師のコミュニケーションの基本構造
2. コミュニケーション自体が成立したか否か
3. コミュニケーションエラーが起こりやすいポイントと原因
を分析します。つまり、効率的なコミュニケーションを妨げる要因を特定するのです。要因の特定ばかりでなく、エラーが生じる頻度、理由、タイミングなども交渉理論を用いて検討します。そしてこれも交渉理論に基づいて、どのようなコミュニケーションにステップを踏むべきかを明示します。
MRという明確に定義された職種が持つイメージも重要な要因です。MRの業務は情報の提供・収集・伝達と法令で明確に定義されているために、これがフレーミングとなって「立場」のレベルでの情報に留まってしまうのです。これをより付加価値の高いものにするには、交渉理論の基礎が教えるように、立場の奥に存在するニーズに到達しなければなりません。ニーズを把握しきれていないために、前述の患者、医療従事者の「利益」と「提案」がずれてしまうのです。また、MRと医療従事者との関係という業界慣習も一つのフレーミングです。上記のように交渉理論を当てはめるとMRの仕事も立派な交渉であるにもかかわらず、その認識が生まれにくいようです。
情報の提供・収集・伝達を何を目的に行うか?これを交渉理論をベースに再定義することにより、MRの仕事をより社会的に価値の高いものにすることができるのではないか?現在、松丸さんは社内のMRへの交渉理論の導入を進めておられるそうです。
以上で、2024年の燮会は終わりです。新年は3月に対面とオンラインのハイブリッドで開催されます。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした