窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

勝敗は兵家の常勢なり-第49回燮(やわらぎ)会

2021年09月20日 | 交渉アナリスト関係


 9月17日、東京都の緊急事態宣言延長に伴い、オンラインのみで第49回燮会が開催されました。燮会は交渉アナリスト1級会員のための交渉勉強会です。

 さて、いつものように第一部は交渉理論研究です。長かった「決定分析」が終わり、第14回からようやく「分配型交渉の理論」に入ります。尤も、分配型交渉については、交渉アナリスト2級テキストにおいても、その他市販の交渉関連本や交渉講座等においても比較的理論的な部分がおさえられていますので、当理論研究においては、補足程度に留めようと思っています。



 今回は、H.ライファの“Negotiation Analysis”や前、前著” The Art and Science of Negotiation”に掲載された、「エルムツリー・ハウス」という、架空の青少年の社会復帰訓練所売却をめぐる交渉のケースを取り上げ、そこから得られる以下のような交渉ポイントと最近の研究成果を紹介させていただきました。

1.オファーは先にすべきか?
2.なぜ合意点はお互いの提示価格の中間に落ち着くことが多いのか?
3.法外なオファーを行うことにはどのような問題があるのか?
4.留保点の開示の問題点
5.譲歩の定石
6.相手の立場固定は本気か、ブラフ(はったり)か?
7.ZOPA(交渉可能範囲)の推測





 続いて第二部。1級会員の篠原祥さんより、「グローバルビジネスにおける統合型交渉の事例」と題してお話しいただきました。篠原さんが交渉学に取り組まれたのは、ビジネススクールで交渉の講座を受講されたのがきっかけだそうですが、お仕事がそもそも船舶仲介業ということで、まさに日々是交渉という環境におられます。掛け値なしに、「言うは易し」の統合型交渉を熾烈なグローバル競争の中で実践されている方からの、生の成功談、失敗談は大変興味深いものでした。



 前述の通り、篠原さんのお仕事は船主と船会社を仲介することですので、交渉がなければ成り立たたないものと言えます。篠原さんが統合型交渉を心掛けていらっしゃるのは、一つには船腹(貨物積載スペース)が少ない時などは、顧客のニーズを満たすため競合他社の力も借りなければならない場合があるからです。そうした際、日ごろからWin-Winの関係を築いていなければ、いざという時の役に立ちません。ただ勝敗は兵家の常勢、統合型交渉を目指したからと言って必ずそうなるというものでもありません。だからこそ、成功事例と失敗事例が興味深いものになるのだと思います。

 まずは上手くいった例です。あるアジアの船社(A社)の船が足りていませんでした。しかし、同じアジアの船社ですと市場が被るので、他社でも同様に船が足りないということが起こっています。そうすると抱えている問題が似ているのでどうしても交渉は分配型になりがちです。そこで、市場の被らない欧州の船社(B社)の力を借りることにしました。これでA社は顧客のニーズを満たすことができ、B社は間接的とは言え仕事が増えます。ただ、欧州は距離的に遠いので、燃料費の負担が大きくなります。そこで、船をB社のある大西洋までもどすまでをA社の負担とする案を出しました。ところが、いざ話がまとまるかという段になってA社とB社が用船料で対立してしまいます。このように、統合型交渉でパイを大きくしても、その大きくしたパイをどう切り分けるかという分配型の問題が浮上する、統合型交渉と分配型交渉の緊張関係を「交渉者のジレンマ」と言います。交渉が価値の分配である以上、統合型交渉にも必ず分配的要素は付きまとうと考えた方が良いでしょう。この問題を篠原さんは、船を複数のパッケージとする代わりに1隻当たりの用船料を減額することで解決しました。つまり、さらにパイを大きくすることで、A社とB社が得られる価値を増やしたのです。

 ご本人が成功要因として挙げておられたのは、①A社、B社両方と良好な関係を築くことで、相手の状況を把握できたこと(つまり「情報の非対称性」を限りなくなくすことができたこと)、②「利益」にフォーカスすることで、文化の違いを克服できたこと、③それぞれの担当者を合意案作成プロセスに巻き込むことで、当事者の一体感を増したことの三点でした。特に過去に取引のなかったB社とは、時差を考慮しつつも毎日のように電話をしたそうです。この「単純接触効果」が大事だとおっしゃっていました。逆に反省点としては、当事者同士の距離が近くなりすぎ、当事者以外の人から見て何をやっているのか分かりにくくなってしまった点を挙げておられました。

 続いて、上手くいかなかった例。欧州の船社C社がアジア市場の急拡大に伴い、パートナーを探していたので、アジアの船社D社を紹介しました。今回も利害の一致を重視し、D社も優先的に貨物を回してくれるならと乗り気でした。さらに、年間契約とすることで長期的パートナーシップづくりを目指しました。ところが、この関係が上手くいかなかったのです。というのも、C社のパートナーにアジア系のE社がおり、実はC社は自社でこなしきれないE社の貨物をD社に回そうとしていたのです。E社は、C社の不安定さに不満を持っていた上、同じアジアの船社同士のネットワークからE社がこの話をキャッチ。C社を飛び越え、D社と直接交渉を始めてしまったのでした。

 このように、ある交渉が外部からの横槍によって根本から崩れてしまうことはままあります(交渉理論ではこれを「ゲームが変わる」といいます)。

 反省点として挙げておられたのは、①時間:交渉を早くまとめようとし過ぎた。これには理由があるのですが、結果的にそのために②俯瞰的な視点で外部環境の把握と交渉の図式化が不十分であった、③C社と築いていた信頼関係は、E社にまで及んでいなかった(C社との信頼関係から、E社についてはC社に任せ過ぎた)、④C社、D社との共通目標設定が不十分だった、の四点です。

 この反省を踏まえ、篠原さんは交渉をより俯瞰的に捉え、交渉環境と情報整理のためのマッピングをされているそうです。前回の第48回燮会でご紹介した、「全当事者相関図」と同じです。マップを作成することにより、より相手の視点に立ちやすくなったとおっしゃっていました。

 そして、上の④の「共通目標の設定」が上手くいったのが、最後の事例になります。

 今度は船主と船社(F社)との交渉です。ちょうど契約が切れる船が1隻あり、期限の前年に両者は延長を前提とした話し合いを約束していました。ところが新型コロナの世界的流行で、状況が一変します。世界中でロックダウンが相次ぎ、一時的とはいえ荷動きがストップした結果、多くの船が入港すらできず海上に留まる事態が発生しました。船社は船を借りている限り用船料を支払わなければならないため、世界中で契約打ち切りが続出。F社も契約延長は難しいと通告してきました。

 そこで、篠原さんはこの契約交渉の大義となる「共通目標」をまず設定し、共有することにしました。外交交渉でよく首脳同士が「原則合意」だけして握手している場面が報道されますが、素人目にはただの政治的パフォーマンスにしか見えない「原則合意」も、こうして「共通目標」に対する合意だと考えてみると、その後の交渉の方向性を決める極めて重要なものであることが分かります。

 さて、篠原さんの設定した「共通目標」は、「協力してコロナを乗り切り、長期的信頼関係を強固にすること」。つまり、統合型交渉を目指すことをフレーミングしたのです。世界中で契約打ち切りや、用船料の一時停止が相次ぐ中、船主の課題は「満期を迎える船の契約延長」であり、船社の課題は「資金流出を抑えること」です。この一時的とはいえ非常時を、できる限り用船料を支払わずに乗り越え、それによって船社の負担を軽減し、いかに契約延長を了承してもらうか?篠原さんが考えたのは、メンテナンスの活用でした。

 船は定期的にメンテナンスすることが義務付けられています。メンテナンス費用は慣例的に船主の負担であり、この間だけは船社は用船料を支払う必要がありません。篠原さんは、このメンテナンスを前倒しして実施してもらうよう交渉しました。メンテナンスはいずれにせよ実施しなければならないものですから、前倒しは船主にとってさほど大きな負担ではありません。船主にとって費用が小さく、船社にとって便益が大きいものをトレードオフする、つまり「不等価交換」は統合型交渉における価値創造の原則です。ところが、この案に大きな障害が立ちはだかりました。ロックダウンの影響で、メンテナンスを行うドライドックも多くが閉鎖中だったのです。そこで篠原さんは、本来義務のない船社へもドライドック探しの協力を依頼しました。「協力してコロナを乗り切り、長期的信頼関係を強固にすること」、この共通目標を忠実に果たした結果、その後徐々に荷動きが回復すると、無事契約延長がまとまったのです。

 冒頭で篠原さんが統合型交渉を心掛けていらっしゃるのは、一つには競合他社の力も借りなければならない場合があるからだと述べました。もう一つは統合型交渉が長期的利益につながるからです。今回、海運業界を直撃した「コロナ・ショック」の渦中で、必死の中でも目先の利益ではなく誠実なマッチングを心掛けた結果、顧客が増えたと篠原さんはおっしゃっていました。

 大変示唆に富む、統合型交渉の実例だったと思います。今回のお話しを伺った僕なりのキーワードは、「勝敗は兵家の常勢」。ここで比喩的に用いている場合の勝敗とは、元の字義通りの勝敗ではなく、「上手くいくことも、いかないこともある」という意味です。この言葉には、「そこから学んでどうするか」という含意があります。篠原さんのお話しには、上手くいくこと、いかないことがある中で、そこから学び、次にどう活かしていくかという姿勢が常に感じられ、さらに交渉理論のフレームワークをそのために有効に活用されている点に、感銘を受けました。

繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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