6月30日、日本交渉協会が主催する交渉アナリスト1級会員のための勉強会、第37回燮(やわらぎ)会を開催しました。
「交渉分析」のベースにある重要な学問領域の一つに「ゲーム理論」があります。ゲーム理論とは簡単に言うと、複数のプレイヤーによる意思決定を数学モデルで研究する学問のことです。”Negotiation Analysis”の著者、ハワード・ライファ先生も元はこの分野に多大な貢献をしたゲーム理論の専門家でした。
”Negotiation Analysis”では、難解な数学を排し(付録として説明されてはいますが)、ゲーム理論のモデルを幾つか紹介しています。それらのモデルが交渉を分析する上での思考のベースとなります。
今回は交渉における(「ゲーム理論」という意味での)ゲーム的要素を学ぶため、”Win As Much As You Can(できるだけ儲けよ)”という演習を行いました。
ルールはいたって簡単です。まずプレイは4人で行い、手持ちの「X」または「Y」と書かれたカードのいずれか1枚を一斉に出します。出されたカードの結果を上にあるような「得点カード」と照合し、各プレイヤーの得点を算出し「得点表」に書き込みます。これで1ラウンドが終了し、全10ラウンドをプレイした後、総得点の最も多かったプレイヤーが勝者となります。なお、第5、第8、第10ラウンドはボーナスラウンドとなっており、これらのラウンドでは得点がそれぞれ3倍、5倍、10倍となります。
なお、ゲームの間、プレイヤーは互いに話や筆談をしたり、どちらのカードを出すかの意思表示をしてはなりません。例外はボーナスラウンドの前で、この時だけは3分間事前にプレイヤー間でコミュニケーションを取ることが認められます。
今回は2つのグループで、10ラウンド1回のゲームを3回行いました。
結果は、得点格差が大きく開いてしまったチーム、驚くほど均質だったチーム、途中まで協調していたにもかかわらず、最後のボーナスラウンドで裏切られ大逆転が起こってしまったチームなど、様々なバリエーションが生まれました。それでも戦略的に考えれば、ボーナスラウンドでもっと裏切りが起こってもよさそうだったのですが、予想したほどそれは起こりませんでした。
実は、”Win As Much As You Can”の”You”には、二つの意味があります。「あなた」と「あなた方」です。明言はしませんでしたが、このゲームは個人として得点を競うばかりでなく、全体としての得点を増やせるかという視点の拡大が可能です。後でいただいた感想を拝見しますと、この点について多くの皆さんは気づいておられたようでした。
さて、この”Win As Much As You Can”、ルールがオーソドックスなゲーム理論のルールと非常に似通っていることが分かります。オーソドックスなゲーム理論のルールとは、以下のようなものです。
1.固定化された戦略
2.二つの代替案
3.完全情報
4.共通知識
5.同時選択
6.コミュニケーションはない
”Win As Much As You Can”との違いは、「6.コミュニケーションはない」だけです。もしコミュニケーションが完全に禁止されたルールだったとしたら、このゲームはどうなっていたでしょうか?
「自分の利益だけを考えたら常にXを出し続ければよい。しかし、恐らく他のプレイヤーも同じように考えるだろう。全員がXを選択したら、最終的に全員△25点という結果になってしまう…」
「では全員でYを出し続ければ、全員25点という平等な結果となるのでハッピーではないか?しかし、もし誰か一人でも裏切ったら、自分は貧乏くじを引くことになってしまう…」
恐らくプレイヤーは上記のようなディレンマに陥ってしまっていたことでしょう。このような状態をゲーム理論の最も有名なモデルで「囚人のディレンマ」と言います。つまり、たとえ協力する方がしないよりもよい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得る状況では互いに協力しなくなるというディレンマのことです。
しかし、”Win As Much As You Can”は、部分的にせよコミュニケーションが認められていたことにより、このようなディレンマを回避することができました。一方で、全員が協調して(つまりYを選択して)、25点(チーム総得点100点)を目指すということも今回は起こりませんでした。さらにゲームに習熟してくれば、ボーナスラウンドをうまく活用するなど、さらに新たな戦略が考えられたかもしれません。
ゲーム理論と交渉との違いが、相手とのコミュニケーションによって意思決定を行うという点にあるとすれば、コミュニケーションによってディレンマを回避できるかもしれないという可能性は、交渉を行うことの意義の一つと言えるでしょう。しかし、参加者の中で「全体のパイを大きくしつつ、自分が多く勝つ方法が難しい」と感想を述べられた方がいらっしゃったように、交渉においても全体利益を大きくし、その後それをどのように配分するかという問題は、「交渉者のディレンマ」と呼ばれ、交渉学の主要なテーマの一つであり続けています。
なお、意思決定に関わる人間の認知や行動の現実を研究する「行動意思決定論」という学問分野では、現実には上記のようなディレンマ状況、さらには一方のプレイヤーがパイの分け前を一方的に決定できる状況にあっても、多くの人が折半またはある程度の利益を譲歩する選択を行うということを明らかにしています。今回も参加者から「ゲームの結果がこの後の懇親会に及ぼす影響が心配」といった冗談めかした声がありましたが、その通りで、大方の人には自己の利益最大化だけでなく、公平でありたいという願望と、不公平はいずれ代償を伴うかもしれないという認識が備わっているのだということが分かります。
最後に。囚人のディレンマ的状況の中で、プレイヤー同士のコミュニケーションが認められている場合、現実世界で人はどのように振る舞うのか?2007年から2009年にかけてイギリスBBCで放送されたバラエティ番組、”Golden Balls”に面白い事例がありましたので、ご紹介したいと思います。
”Golden Balls”は、二人のプレイヤーが賞金を懸け、“Split”(山分け)または“Steal”(総取り)と書かれた金のボールのいずれかを選択します。プレイヤー同士面識はありません。
今、ニック(右)とイブラヒム(左)という二人のプレイヤーが、13,600ポンド(約200万円)を懸け、ゴールデンボールの選択をしようとしています。選択前の30秒の交渉で、ニックが行った驚くべき提案とは…
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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