都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
東京都庭園美術館 「田原桂一 光の彫刻」
東京都庭園美術館(港区)
「田原桂一 光の彫刻」
200411/20~2005/1/23
こんにちは。
先週の土曜日、庭園美術館へ「田原桂一:光の彫刻展」を見に行ってきました。
この方、とても面白いことをやっておられます。光に注目し、その存在や痕跡を辿る。その着眼点は、まだ何となくわかりますが、それを表現する方法が非常に独特で面白いのです。光をどのように表現するか。田原さんは、実際の光を使ったインスタレーションも多く手がけていらっしゃいますが、「対象物を介して光の形態を探索する。」(パンフレットから。)として、撮影した対象物を、ガラスや石板、それにアルミや布に印画して、光の痕跡を捉えていくのです。例えば、光を反射させた彫像を撮影して石に印画したり、何かの破片のようなものに光をあてて撮影し、それをガラスに挟んだりすることなどですが、何だが上手く説明できません・・・。しかし、ともかくも、独創的な方法で光を捉えていたことは事実です。こういう表現形態に取り組んでいる方って、他にもいらっしゃるのでしょうか。
と言うわけで、展覧会の展示の殆どは、光の痕跡を捉えて表現した一連の写真や、それを印画した石板などでした。私が一番面白く感じたのは、「トルソー」と呼ばれるシリーズです。トルソーとは、胴体だけの彫像の意味だそうですが、これらの作品では、そのような彫像に光をあてたものが、石板に印画されていました。どの彫像も、とても肉感的で豊満な感じなのですが、それが田原さんの手にかかり、光が差し込まれると、不思議にも彫像の気配が消え、リアリティーが喪失していきます。決して彫像のドラマが消えて、全体が無機質になるわけではないのですが、光が彫像を支配し、主人公になっていくわけです。対象の彫像を見て、その背景を感じ取ろうとしても、いつの間にか、光そのものを見て感じている。物を見ることとは、光を見ること。ものすごく当たり前ですが、日常忘れがちなことを再確認させられました。
作品の中に光があるわけですから、その外からあてられるライトがとても気になりした。スポットライトや蛍光灯のちょっとした色合いで、作品の印象は相当に変化するではないでしょうか。窓の外の自然な光が取り入れられていることもありましたが、それもまた、人工的な光で見たときと違う感じです。あと、作品と美術館の相性がバッチリだと感じました。いくつか彫刻作品もありましたが、それが寝室などに置かれていたりすると、その部屋が借景となって、さらに味わいが増します。ウィンターガーデンに置かれたいくつかの石板も、その背景と共鳴し合って、不気味な光を放っていました。木場の美術館などでは、こうはいかなかったでしょう。
インスタレーション的な作品は、殆どDVDで紹介されています。しばらく見てみましたが、それらはやはり映像ではなく、実際にその場へ行って体験したいですね。ところで、この庭園美術館でも、17日から24日までは、インスタレーションで、美術館正門から美術館までの部分を演出するそうです。午後4時半から8時までで、半券でも見ることが出来るそうですから、これは是非体験してきたいと思います。
*光のインスタレーションの感想はこちらへ。
「田原桂一 光の彫刻」
200411/20~2005/1/23
こんにちは。
先週の土曜日、庭園美術館へ「田原桂一:光の彫刻展」を見に行ってきました。
この方、とても面白いことをやっておられます。光に注目し、その存在や痕跡を辿る。その着眼点は、まだ何となくわかりますが、それを表現する方法が非常に独特で面白いのです。光をどのように表現するか。田原さんは、実際の光を使ったインスタレーションも多く手がけていらっしゃいますが、「対象物を介して光の形態を探索する。」(パンフレットから。)として、撮影した対象物を、ガラスや石板、それにアルミや布に印画して、光の痕跡を捉えていくのです。例えば、光を反射させた彫像を撮影して石に印画したり、何かの破片のようなものに光をあてて撮影し、それをガラスに挟んだりすることなどですが、何だが上手く説明できません・・・。しかし、ともかくも、独創的な方法で光を捉えていたことは事実です。こういう表現形態に取り組んでいる方って、他にもいらっしゃるのでしょうか。
と言うわけで、展覧会の展示の殆どは、光の痕跡を捉えて表現した一連の写真や、それを印画した石板などでした。私が一番面白く感じたのは、「トルソー」と呼ばれるシリーズです。トルソーとは、胴体だけの彫像の意味だそうですが、これらの作品では、そのような彫像に光をあてたものが、石板に印画されていました。どの彫像も、とても肉感的で豊満な感じなのですが、それが田原さんの手にかかり、光が差し込まれると、不思議にも彫像の気配が消え、リアリティーが喪失していきます。決して彫像のドラマが消えて、全体が無機質になるわけではないのですが、光が彫像を支配し、主人公になっていくわけです。対象の彫像を見て、その背景を感じ取ろうとしても、いつの間にか、光そのものを見て感じている。物を見ることとは、光を見ること。ものすごく当たり前ですが、日常忘れがちなことを再確認させられました。
作品の中に光があるわけですから、その外からあてられるライトがとても気になりした。スポットライトや蛍光灯のちょっとした色合いで、作品の印象は相当に変化するではないでしょうか。窓の外の自然な光が取り入れられていることもありましたが、それもまた、人工的な光で見たときと違う感じです。あと、作品と美術館の相性がバッチリだと感じました。いくつか彫刻作品もありましたが、それが寝室などに置かれていたりすると、その部屋が借景となって、さらに味わいが増します。ウィンターガーデンに置かれたいくつかの石板も、その背景と共鳴し合って、不気味な光を放っていました。木場の美術館などでは、こうはいかなかったでしょう。
インスタレーション的な作品は、殆どDVDで紹介されています。しばらく見てみましたが、それらはやはり映像ではなく、実際にその場へ行って体験したいですね。ところで、この庭園美術館でも、17日から24日までは、インスタレーションで、美術館正門から美術館までの部分を演出するそうです。午後4時半から8時までで、半券でも見ることが出来るそうですから、これは是非体験してきたいと思います。
*光のインスタレーションの感想はこちらへ。
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