「円山応挙 空間の創造」 三井記念美術館

三井記念美術館中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階)
「円山応挙 空間の創造」
10/9-11/28



三井での本格的な応挙展は、平成12年に前身の三井文庫別館で開催された「円山応挙と三井家」以来のことだそうです。三井記念美術館で開催中の「円山応挙 空間の創造」へ行ってきました。

同館の応挙といえば毎年お正月に華々しく公開される国宝の「雪松図屏風」が有名ですが、今回展も目玉はそうした応挙の大作屏風、または襖絵でした。同屏風と何と全16面に及ぶ「松に孔雀図襖」の「二大最高傑作」(ちらしより引用)の対決をはじめ「雲龍図屏風」、さらには普段見る機会の少ない和歌山の草堂寺所蔵の「雪梅図襖」などと、応挙の代表作がピックアップされています。点数こそ少ないものの、なかなか見ごたえがありました。

構成は以下の通りです。

展示室1 空間法の習得(眼鏡絵)
展示室2 応挙の絵画空間理論「遠見の絵」
展示室3 応挙の茶掛け(茶室如庵)
展示室4 応挙様式の確立 絵画の向こうに広がる世界
展示室5-6 淀川両岸図巻と小画面の中の空間
展示室7 応挙の二大最高傑作 松の競演


前半に眼鏡絵と呼ばれる風景画を紹介した上で、代表作の図巻、屏風、襖などで応挙の空間認識を把握する流れになっていました。

冒頭、ご自慢の立体展示室に並ぶのは、若き応挙が主に京都近辺を描いた眼鏡絵と呼ばれる小品です。これらは遠近法を用いた風景画で、覗き眼鏡を通すと立体的に見えることから、当時の日本で人気を博していました。


眼鏡絵 三十三間堂通し矢

ここで興味深いのは、やはり応挙によるそうした技術への関心です。応挙の作品は常に全体として考え抜かれた空間構成、ようはパースペクティブに整った理知的な構図が見られますが、それもこの眼鏡絵を学ぶことで初めて実現したのかもしれません。またもう一点感心したのが、ともかく事物を細やかに表す筆さばきです。

その他、例えば「眼鏡絵 清水寺舞台図」における人物描写のシルエットや、「眼鏡絵 北野天満宮図」の銅版画的な影の構築など、絵画空間を効果的に演出する仕掛けも随所に見られました。

さてその繊細さにおいて重要なのが中盤のハイライト、「淀川両岸絵巻」かもしれません。これは伏見城から大阪城までの淀川の両岸を表した絵巻ですが、豆粒より小さな人物など、一体どうやって描いたのかと思ってしまうほどに細密極まりない筆が全編を支配しています。ここは単眼鏡で楽しまれる方も多いのではないでしょうか。私も食い入るように見てしまいました。


淀川両岸図巻(部分) 1765年(明和2年) アルカンシェール美術財団

ところでこの作品、当然ながら単に美しい風景がつらつらと描かれているわけではありません。伏見から左岸に沿ってしばらく下ってみてください。突如木立や家屋が逆さまになっていることが分かるのではないでしょうか。応挙は何と画中で川の左岸を上下反転させ、川の中央から両岸を眺めても同じ方向に見えるように工夫しました。空間に対する挑戦は、もはやだまし絵とも言えるようなトリッキーな方法まで生み出しています。これには驚かされました。

一方、メインの大作の屏風と襖絵ですが、如何せん手狭なスペースということもあって量は望めません。一度ここで主な作品を整理してみます。

松鶴図屏風10/9 ~ 11/7
雲龍図屏風10/9 ~ 11/7
老梅図襖10/9 ~ 11/7
雪梅図襖・壁貼付10/9 ~ 11/7
竹雀図屏風10/9 ~ 11/7
雪松図屏風10/9 ~ 11/28
松に孔雀図襖10/9 ~ 11/28
山水図屏風11/9 ~ 11/14
波濤図11/9 ~ 11/28
雨竹風竹図屏風11/9 ~ 11/28
蘭亭曲水図襖・壁貼付11/9~11/28
藤花図屏風11/16 ~ 11/28


記載したように展示替えがあります。よって一度に公開されているのは約5、6点ほどです。会期等には十分ご注意下さい。 (出品リスト


雲龍図屏風 1773年(安永2年)

さてどれも甲乙つけがたいものばかりでしたが、まず迫力満点なのは「雲龍図屏風」です。轟く雷雲は荒れ狂う海原と渾然一体となり、そこを二頭の龍が相互に睨みをきかせながらもどこか飄々とした様子で身体をくねらせています。右の龍が手前から奥へと進んでいるとすれば、左はその逆に空間を裂いているのではないでしょうか。また随所の金は雷鳴の灯火を表しているのかもしれません。これから両者が戦いでもはじめるのではないかと思ってしまうような激しい動きのある作品でした。


雪梅図襖(部分) 1785年(天明5年) 草堂寺

この「雲龍図」を動とすれば、一転して静の境地を開いたのが「雪梅図襖・壁貼付」です。雪に覆われた孤高の梅を描いた襖部分はかの「雪松図」を彷彿させますが、いわゆる余白の美をとる障壁部もまた重要ではないでしょうか。特に下に伸びる枝にひょいととまった一羽の小禽より広がる上部の虚空の様子は、弟子の芦雪の「蛙図」の構図を連想するものがあります。実際にこの作品は京都で応挙が制作し、芦雪が現地へ運んだという逸話もあるそうですが、余白に意味を与え、画中にとってなくてならない空間に仕上げた応挙の技には心底感銘しました。


松に孔雀図襖(部分) 1795年(寛政7年)大乗寺

最後の展示室ラストでは同館自慢の「雪松図」と「松に孔雀図襖」が対決しています。実のところ両者はサイズはもとより、画面構成からタッチに至るまでかなり異なり、同じ場所で比較するのは後者にとって酷なような気もしましたが、ここは今回のために特別に演出された稀有な共演を素直に楽しむことにしました。

展示では祐常の記した「萬誌」から応挙の言葉が紹介されていました。

「掛軸、屏風、襖絵などは絵画と間をとって鑑賞した時に効果があるように描かねばならない。近寄ってみると筆が連続していないところがあっても、遠見には真のごとく見えるおもむきを心得るべきである。」(引用)


雪松図屏風 三井記念美術館

そしてその言葉を踏まえれば踏まえるほど、「雪松図屏風」が昇華した地位にあることを感じてなりません。改めてその効果的な空間の妙味に感心させられました。

会期初日に伺いましたが思っていたよりも人出がありました。ひょっとすると後半に向けて若干混雑してくるかもしれません。なお「引き」の構図で見ようとすると作品から離れる必要がありますが、如何せんあの展示室なので、うっかりしていると反対側の作品を見ている方にぶつかってしまいます。今回の応挙展を実現させた三井記念美術館には感謝しつつも、いつかは空間に制約の少ない東博のような大きな箱で回顧展を見られればとは思いました。

11月28日までの開催です。まずはおすすめします。
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