「ルネサンス 歴史と芸術の物語」(光文社新書)

池上英洋著「ルネサンス 歴史と芸術の物語」(光文社新書)を読んでみました。



15世紀前後の西洋において古典を復興しようとした文化的潮流。ボッティチェッリやレオナルド、そしてミケランジェロらが活躍した時代。

私自身「ルネサンス」とは何かと聞かれて思いついたのはこの程度。

しかしながら何故それが起きたのか、そもそもこの時代に古典がどうして見直されたのか、さらには文化だけでなく社会・政治的にはどのような状況にあったのか。

こう問われれば、直ぐさま回答に窮してしまいます。

そんな「知っているつもりでいるルネサンス」(P.6)を、美術の範疇だけでなく、社会構造まで踏み込んで、しかも分かりやすく解き明かしたのが「ルネサンス 歴史と芸術の物語」。

著書はお馴染み美術史家で國學院大学准教授の池上英洋先生。いつもながらの親しみやすい語り口、普段接しておられる学生とのエピソードの冒頭からぐっと引込まれました。

本書の構成は以下の通りです。

第1章 十字軍と金融
第2章 古代ローマの理想化
第3章 もう一つの古代
第4章 ルネサンス美術の本質
第5章 ルネサンスの終焉
第6章 ルネサンスの美術家三十選


いきなり十字軍に金融とくれば、有りがちなルネサンス美術解説本ではないことがお分かりいただけるかもしれません。

いわゆる「聖地」奪回のため、ヨーロッパ全土から集まった群衆は一路エルサレムを目指す。

海の通り道でもあったヴェネツィアは関税システムを整備することで富を手にし、またフィレンツェは人の移動ともに増大した物流を用いた加工貿易で栄えていく。

そうした内容から本書は出発します。


図17:ジローラモ・マジーニ「コーラ・ディ・リエンツォのモニュメント」1887年

結果的にこうした商業活動の進展を基盤に、動揺しつつあった中世の二重権力システム(教皇と教会)を隙をついたのがローマの政治家コーラです。

また彼の共和政への志向はもちろん、当初彼を支えた知識人のペトラルカや詩人のボッカッチョらが古代ローマ、またそれを通してギリシャへの熱い視座を持っていたことから、古典回帰、復興の時代の扉が徐々に開かれていくことになります。

さてルネサンスの特質とは。

まず重要なのは人文主義です。ここではその準備段階としてルネサンスの前、いわゆるプロト・ルネサンスについて語られます。

先に揚げたボッカッチョは「デカメロン」において人間の俗をこれまでにはないほど生々しく描きだしました。


図23:ジョット・ディ・ボンドーネ「磔刑像」1295年頃

美術の面においても、それまでは超人的な存在として描かれたイエスが、例えば聖フランチェスコの物語を経由して、ジュンタからジョットへと至る「人間的」なイメージへと変化していく様が紹介されます。

特に分かりやすいのが「磔刑図」の変遷、イエスがまさに人間そのものに近い形で描かれていくではありませんか。


図57:フラ・アンジェリコ「受胎告知」1440年代

第4章にてマザッチョやアンジェリコなどの作品を挙げながら、ルネサンス美術の3つの本質、「空間性」、「人体理解」、「感情表現」をひも解いていますが、こうした初期段階での表現の変化も、またルネサンス理解の上でとても重要なポイントでした。

また面白いのが古典、ギリシャ文化は十字軍によってイスラム圏から逆流していったことです。

当時のヨーロッパにおいてギリシャを初めとする古代地中海文化は、ゲルマンの侵入により長い間遺物とされ、忘れられていました。

一方でイスラムはもちろん、ビザンティンではそれが一部継承されています。

つまり十字軍が切っ掛けとなり、既に自分たちが忘れていた古代ギリシャを再発見したというわけです。ルネサンスは単にイタリアのみではなく、イスラムをも跨いだ大きなスケールで展開していました。


図36:ヤコポ・ポントルモ「コジモ・デ・メディチの肖像」1510年代

またルネサンス美術を支えたメディチ家が言わば実力者としては後発であったこと、彼らがいかにして富と権力を集中させていたかについても簡潔に触れられています。

それに「商業の世紀」ルネサンスを経た結果、個人で商業を行う人々が増大し、結果それまで労働力として扱われなかった女性に教育の機会が与えられたという指摘も興味深いのではないでしょうか。


図68:クエンティン・マセイス「両替商とその妻」1514年

いわゆる手紙を書いたり読む女性が絵画上のモチーフとして登場するのはルネサンス以降でもあるのです。

最後は盛者必衰ならぬルネサンスの終焉です。

コジモ以降のイタリアの体制の変化に加え、大航海時代や宗教改革などがルネサンスを引導を渡します。西洋のパワーゲームに敗れたイタリアの衰退とともに、ルネサンスは終わりを告げました。

もちろん図版も多数掲載、いずれもがカラーであるのも嬉しいところです。

大きな「社会のうねり」(P.234)という変革期にあったルネサンス、かくもこれほどまでに複層的な社会構造があったとのかという発見と驚きを感じてなりませんでした。

「ルネサンス 歴史と芸術の物語/池上英洋/光文社新書」

ルネサンス美術を政治や宗教の視点から読み解く池上英洋著の「ルネサンス 歴史と芸術の物語」(光文社新書)、是非書店にてお手にとってご覧ください。

「西洋美術史入門/池上英洋/ちくまプリマー新書」

なお余談ですが池上先生、ツイッターをはじめられました。(@hidehiroikegami)こちらも要フォローです!
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