「京成電鉄展」 市川市芳澤ガーデンギャラリー

市川市芳澤ガーデンギャラリー
「京成電鉄展」 
8/31-10/14



市川市芳澤ガーデンギャラリーで開催中の「京成電鉄展」へ行ってきました。

上野・押上から千葉・成田空港へ。千葉県内を走る唯一の大手私鉄である京成電鉄。本年9月17日、まさに今日、本社を墨田区押上から市川市八幡へと移転し、名実ともに千葉県の鉄道会社として歩み始めました。

その本社移転を記念して企画されたのが「京成電鉄展」です。京成と市川の歴史を様々な資料などで振り返りつつ、車両デザインの変遷、さらにはNゲージやプラレールのジオラマなどを展示。京成の魅力を紹介する内容となっていました。


「京成電鉄展」チケット(硬券風です)

さて市川と京成との関係とは如何なるものなのか。話はそこから始まります。遡ること約100年前です。1912年に押上ー市川(仮・現江戸川駅西側。当初は江戸川を渡船で連絡していたそうです。)、曲金(現、高砂)ー柴又間を開業させた京成電鉄の初代社長、本多貞次郎氏は市川に在住。その後、当時の市川町の町長を務めるなど、市川とゆかりの深い人物でもあります。


「京成電気鉄道(株)記念絵葉書 中川橋梁を渡る」1912年

会場では1907年に交付された「電気軌道敷設特許状」や、鉄道工事の記録として明治後期の架橋工事図の絵葉書などを展示。また創業時から行われていた電力供給事業などについての記録も紹介しています。

それにしてもこの展覧会、言ってしまえばかなりマニアックです。もちろんジオラマなどの鉄道好きへのアピールも事欠きませんが、ともかく本流はこうした歴史的資料。昭和初期の沿線の写真、また1930年代の沿線案内図などの戦前の資料が目を引きました。

ちなみに押上から江戸川の開業時は計5両の車両で運行され、約1ヶ月で7000名が乗車したそうです。京成はその後、柴又ー金町、江戸川ー市川新田(現、市川真間)、また中山、船橋へと延伸し、1921年には船橋ー千葉間が開業。そして1925年には成田まで開通します。

上野への延伸は1933年。そして反対運動などの影響もあり、京成の経営を一時悪化させる要因ともなった成田空港へ延伸は1978年のことでした。


「京成百貨店包装紙」図案:東山魁夷

さて資料で興味深いのは、今も遺構として残る上野公園の博物館動物園駅の設計図です。上屋の装飾の図面もあわせて展示されています。また美術関連では東山魁夷による京成百貨店の包装紙原画が見どころです。

タイトルは「緑の森」。現在も水戸にある京成百貨店で用いられている包装紙です。第五代社長である川崎千春氏が魁夷の親戚だったことから、今はなき上野店のオープン時にあわせて描いてもらったものとか。ちなみに京成百貨店はかつて市川市の八幡にもありました。そしてその跡地に今回、本社が移転してくることになったわけです。


「京成電鉄展」会場入口

資料以外では、京成のマスコットである京成パンダ、それに鉄道デザインのイラストなどの展示もあります。また鉄道関連ではお馴染みの行先表示板やヘッドマークプレート、方向幕も登場。ジオラマはNゲージでスカイライナーが疾走します。さらに新型スカイライナーの20分の1模型、ブルーリボン賞プレートなども並んでいました。

それに絵本作家で市川市在住の井上洋介さんの木版や水彩なども見どころではないでしょうか。井上さんが見つめた京成の沿線。江戸川や真間といった市川の風景も数多く描いています。


「スカイライナー2分の1カットモデル」

スカイライナーの2分の1カットモデルでは運転士の制服(子どもサイズのみ)を着て撮影することも可能。ちなみのこのモデル、東京都立城東職業能力開発センターの溶接科の生徒が二ヶ月に渡って作ったものとか。素材はアルミニウム合金。実に精巧です。


「本多貞次郎頌徳碑」(市川真間駅前)

手狭なスペースなので必ずしも十全とは言えないかもしれませんが、京成電鉄の長い歴史の一端に触れられたような気がしました。


京成電鉄新本社ビル(京成八幡駅前)

10月14日まで開催されています。

「京成電鉄展」 市川市芳澤ガーデンギャラリ
会期:8月31日(土)~10月14日(日)
休館:月曜日(祝日の場合開館、翌日休館)
時間:9:30~16:30
料金:一般300円、中学生以下無料。
住所:千葉県市川市真間5-1-18
交通:JR線市川駅より徒歩16分、京成線市川真間駅より徒歩12分。*市川駅北口に「市営無料レンタサイクル」(市川第6駐輪場)あり。
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