流星、夜を切り裂いて ~FLY HIGH~ ver.2

米たにヨシトモファン 京アニに興味あり アニメ語りメイン

アニメ雑記 11/3 を語る

2007-11-03 16:08:36 | ■アニメレビューとか


買い物は基本的に楽しいもので、よく考えて買ったものには大抵のモノに愛着が湧いてしまう。ワゴンを漁りながら見つけた作品にちょっといい所があるとそれだけで十分価値があるもののように思える。だから地道に調べて悩んだ末に買ったもの、買えたもの、ちょうど目に付いたものがたまたま良かったものなんかを見つけると、歩き回った甲斐があるというもので、好みじゃないものでも愛着が自然と湧いてきてしまう。まあ、買ったもの=好きなモノ、いう話。

●最終兵器彼女を久しく見てアレコレ
なんか目に付いたので久々に全話視聴。ここまで原作絵に合わせたキャラデというのは凄いな。個人的にアニメオリジナルの話が好き。1話で死んだキャラの彼女が敵兵士と相打ちになるアレ。原作になかったエッセンス。原作って復讐とかそういう概念が無かったように思える。そういうところのドラマに厚みを持たせるという意味で良かったとも思うし。あのエピソードは始めて見たときはなんかキターって感じだったような。
今考えるとシュウジってアケミ以外の人を殴ってないんだよなぁ(確か)。そういう所を考えるとなんだかナーって思っちゃうな。アニメ版のアケミが死ぬシーン、シュウジの腕の中で死なせる辺りが引っかかる。原作だと母親を呼び妹の絶叫の中に佇むシュウジという、アケミとの距離感やシュウジの無力感を上手く表現できてるシーンになっていてると思うので余計に。まあ、繋がりが悪いというのもあるかもしれないけど。原作だと最終話で一回親に会いに戻るけど、アニメ版だとカットだし。原作とアニメのメディアの違いを考えさせられるところ・・・かなぁ。
あとポケベルと日記と通信関係が気になったかなぁ。何気にポケベルを有効活用したアニメって少ないような。金田一とかガガガとかサイカノぐらいしか思いつかないし。ポケベルの面白さを考えてみたいような。
●灼眼のシャナⅡ 5話
自分の料理で相手のしたを支配する・・・って書くとちょっとエロイですよね(笑)



最近のエピソードは料理、弁当対決編と個人的には思っていたり。女子から貰う弁当は、それはそれは尊いものなのである、と見ながら考えてたりした。まず気になる相手の好みの下調べから始まり、その料理の練習をやりだすところから始まり、彼に渡してから味付けの好みなどを研究していく。しかし、弁当の内容が彼の好みのものばかりでは面白くない。そこで自分を主張する場所、彼により自分を見てもらうために得意料理の登場だ。相手の好みに合わせただけの構成では多勢に勝つことは出来ない。得意料理というのは弁当による彼氏の争奪戦争があったら間違いなく勝利の一手になるシロモノだ。そこにはそのキャラ自身のキャラ付けになる部分が必ずある。自分をより相手に知ってもらうチャンスなのだ。この味が通じるかどうか、それを考えながら弁当箱に詰めていく。使用する弁当箱、包み方もまた重要。

弁当タイム。シャナのメロンパンというのは料理が出来ないが故の選択だと思うが、自分の好物&今自分が口に含んでいるものと同じものを食べている、食べさせていると思うと少し面白くなる。また相手の好みを考えず、彩りを考えず、メロンパンを押し付けてるところなんか見てるとシャナは相手に同一化、または自分と同じものを多く共有したいという気持ちが強い子なのか?と妄想。普通の感覚だとは思うけれど、悠二の鍛錬に付き合ったり、他の場面でも自分と交わりが及びやすい位置に上手く誘い込んでる。この辺よく考えるなぁ、と思うとシャナは案外狡猾な女なのかもしれない。ただ強気なだけかもしれないけど。しかし、ただ買って来ただけのパンを相手に毎回食べさせていることに成功している点で、シャナは多勢に勝ってると考えていいかもしれない。ただこの方法だと結局相手への押し付けに過ぎず、心を通わせられるか、食事を楽しめるのか、という重要な点が欠落してしまっているので、戦いに勝って勝負に負けた、というのが妥当だろうか。なんかズレテル気がするが。
ただ一番悠二に近づいてるのにも関わらず(恐らく本人にはどこか確信してる部分がある)、悠二がなぜか自分の相手をしてくれないのか。そこが戸惑いの元なんだろうなぁ。いや、ただの嫉妬と言えばそれだけなんだけど。

吉田さんは王道。真っ当。正攻法。正に絵に描いたヒロイン像・・・というのは言いすぎか。相手と同じ弁当、つまり同じおかずを食べてることにはなるし、自分が作ったものを食べさせている、というのはやはり強みなのだけれど、シャナの作った包囲網は拘束力が強いので勝つのが難しい。最近では一緒にも食べてない。これは痛い。楽しい団欒を作れていない。より悠二が喜びそうな料理を模索できない、味付けに拘れない。結果的に下のランク。

ヘカテー似の女。他人の思いのこもった弁当を相手から貰いながら楽しそうな団欒を演出し、コミュニケーションをはかっているお嬢様。己の立場を利用するあたりが上流階級の余裕を漂わせている。正に勝ち組、と言ったところだろうか。

まあ、まとめてみると3人とも肝心の相手の気持ちを引き付けられない点では負けなのかもしれいけど。弁当対決ではないが、今回料理で相手の気持ちを引き出せたのはヴィルヘルミナ・カルメルだろう。





ヴィルヘルミナは料理はできない。でも、彩りのある食卓を。主人に認めてもらえる一品を。偶然手にしたキャベツを使った料理。買い物は下調べが大切。経済的な面などから見てもそうだろう。でも今回は自分がふと手に取ったキャベツを。何もわからないけど、運命的に拾い上げた食材で、自分が選んだ食材で相手を動かすことに成功した。確かにまずい料理だったかもしれない。だが『おいしい』といわせたい相手からその言葉を引き出せればある意味では勝ちなのだ。ここで『料理は心』というのが証明されているように思う。主人との仲を取り戻したい、主人に自分の料理をおいしいと言ってもらいながら2人で苦い料理を食べるというのも、また良い団欒ではなかろうか。



それともやはり主人との関係が特別なメイドというのは強いのだろうか。


うーん、長文書くとやっぱトンチンカンになる部分があるなー。
まあ、要するにこうやって変な妄想してみる楽しみ方もあるんだよねぇって話。
んで同人はそういう弁当作りの『過程』を抜き出してキャラを辱しめる、描かれていないモノを妄想して抜き出すという作業が面白いんだよねー、とか同人活動の面白さ考えてみたりしてましたとさ。

まあ、最近は主夫とか、男が料理するのが~、的な話もあるし、この先女の子から貰える弁当の価値というものが変動してしまう可能性があるなぁ。男からもらう弁当というのも面白いと思うけど。

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