ばあやの のんび~り日記  

還暦をむかえてからパソコンの勉強を始めて
傘寿も越えてしまいました。
いつまでパソコンできるやら・・・

夜分にすみませんが・・・

2009年10月19日 | ばあやの本棚
夜の電話にはギクリ
でもこの時間帯ならまだまだ・・・
そのとき
   
   とうとうきたか?「ハイッ

「おばあちゃん?夜分にすみませんが~」
   20時45分だった、聞きなれたあ~ちゃんの声だ。

「ハイハイ、アララ、あ~ちゃんね、こんばんは。
    夜分なんて難しい言葉をよく知ってるね」
「クスクス、え~っとね  CCレモンおばあちゃんの、
    だんなさんのことを教えてね。まず、いくつで亡くなったの?」
「51才よ、孫はひとりしか抱っこできなかったよ
    あ~ちゃんの従兄、K君のお母さんをね・・・」
 じゃぁ、わたしのお母さんは、
    ひいおじいちゃんを知らないの?」
「そうね、かわいそうだけど、ホントよ

  CCレモンおばあちゃんとは、わたしの母、
       つまり、あ~ちゃんのひいおばあちゃんにあたります。
       だんなさんとは、わたしの父 ですね。

「ひいおじちゃんは、どんな人?だった?」
「そうねぇ・・・、こどもが大好き。いつもひまができると、
     白い野球帽子に自転車で20分程のわたしのお家に、遊びに来ていましたよ、
     『キョン、キョン』(初孫のあだ名)といってね。

     を男の人にして考えたらすぐにわかるよ、そっくりだから」
「・・・ふ~ん・・・じゃ~分かったから、おやすみなさ~い」   

「いったい、どんなに分かったのかねぇ」と、じいやと大笑いしました・・・
3年生のあ~ちゃんは、宿題の作文に、
このお話を書くからと言っていました。  複雑な気持ちです。





50年ほどまえの父の姿です。皮のジャンバーとブーツも揃えていましたね。
バイクは、中古でも貴重品だったのですから・・・

わたしの長女が生まれてからは(初孫)自転車こいで来ていました。

もう時効ですので、公開にふみ切りました。
20才のころの私が  になったのですから・・・

しかし、父は今でも51才でしょうからねぇ 
コメント (4)
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