hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

浄瑠璃寺(京都府木津川市)

2014-06-17 05:00:00 | 日記
古刹を巡る その15。今回は浄瑠璃寺を取り上げる。浄瑠璃寺を訪れたのはもう2008年の春、奈良の寺めぐりの途中である。場所は京都府木津川市ではあるが、奈良からいったほうが近く、この寺と岩船寺は近くにありセットで回ると良い。駐車場からのどかな風景を見ながら寺に向かうと唐辛子やら山菜、佃煮、梅干などを参拝客・観光客に売る露店がいくつかある。どの店もおばあさんが品物を並べており、愛想もよく、サービスもなかなかである。この当尾(とうの)の里の周りには石仏群が有り鎌倉時代に作られた石仏・石塔が点在、笑い石仏などがあって面白いらしい。

浄瑠璃寺の創立は寺伝では1047年に義明上人により本堂が建立された。当初からの本尊は薬師如来で次号も薬師如来の浄土である東方浄瑠璃世界に由来する。そして1107年に建立された新本堂が今の本堂と言われている。境内は往時の浄土の理想郷を思わせる浄土式庭園を形成しており、寺の中心の池は興福寺の僧・一乗寺恵信がほったもので、中央に小島があり、弁財天を祀る祠がある。池の東には薬師如来を安置する三重塔、西岸には阿弥陀如来を安置する本堂(九体阿弥陀堂)が位置する。池の反対側から本堂を見ると中央の阿弥陀如来の顔は見えないが、池に映った姿を見ると顔も見え、池に映して見ることで極楽浄土の世界を見るように設計されていたらしい。寺に入っていくと三重塔が見え、次に池が見える、そしてその先に本堂、そして寺務所から阿弥陀堂に入っていく仕組みである。

本堂も国宝で中に九体の阿弥陀如来坐像(国宝)がやや薄暗い中に横一列に安置されている。反対側は自然光が入るのではと思われ、開け放てばイケから仏像が見えるようになっている。また、九体の仏像の中で真ん中に位置する中尊のみが大きい。これは11~12世紀の白河院・鳥羽院の時代に数多く作られていた阿弥陀堂で『九品往生』の考えに基づくものだが、今は当時からのものはここにしか残っていない。九体の阿弥陀像は9種類の印相を結ぶものとの書物もあるが、この9体のうち中尊のみが来迎印、残りの8体は弥陀の印を結んでいる。時代については平安~鎌倉のものらしい。定朝様の平安貴族好みの穏やかで丸顔の仏様である。ただ、とにかく素人目でもこれだけの仏像が一列に並んでいるだけでもとにかくありがたいものと感じることができる。当時の人々はさらに素晴らしいものと感じたことは間違いなく、東寺の立体曼荼羅ではないが、極楽浄土を再現しようとしたことは間違いない。また、四天王像も国宝であり、間近に見ることが出来るだけでも感動ものである。厨子入りの吉祥天立像も素晴らしい。

また、三重塔も国宝、三軒三重塔婆、檜皮葺き。京都一乗大宮から1178年移築された、可愛らしい三重塔である。平安時代には寄る、阿弥陀堂打ちに灯火を入れて、塔の石段から池に映える九体の金色の輝く仏像を拝したと伝えられる。当時、まだ真っ暗であった夜に微かな光で仏像を拝したらさぞや神々し方であろうことが想像できる。なお、この三重塔の薬師如来坐像は特別な日にしか公開されず、小生も見ることはできなかった。

そう言えば寺務所にいた人懐っこい猫どうしているだろうか。紫陽花も素晴らしいと聞いて、また行ってみたくなる古刹である。