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切手シリーズ その50。切手の意匠としては各国の国王や元首、大統領などを使うことが多い。例えばタイ王国では長きに渡ってプミポン国王の肖像を紙幣や全ての通常切手に使用しているし、アメリカでも同様に紙幣や通常切手に歴代の大統領の肖像を使っている。
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しかし、日本では明治天皇や大正天皇の肖像を使った紙幣は皆無であり、さらに通常切手に関しては肖像を使ったものはわずかしかない。
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まず、最初に肖像を使った切手が登場したのは日清戦争勝利の際の北白川宮、秩父宮両親王の記念切手である。これには夫々の親王の肖像が描かれていない。
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では、皇族の肖像は使われたのにもかかわらず、明治天皇の肖像が紙幣や切手に使われないのはなぜなのか。その答えは明治天皇は極度の写真嫌いであり、さらに周りも神格化しているにもかかわらず、簡単にその肖像を見たり、汚い手で折り曲げたり、肖像に消印を押したりすることに違和感を覚えたからと推測される。しかし、当時のお抱え外国人のキョーソネは紙幣や切手には高位者の肖像を使うべきと主張。そこで出てきたのが、神功皇后を使う案である。
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神功皇后は戦後教育を受けた人には馴染みはあまりないが、14代仲哀天皇の妻で15代応神天皇の母である。仲哀天皇が熊襲の矢により崩御したため、住吉大神の託宣により妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り、朝鮮半島の新羅を攻めた。すると新羅も百済も高句麗も戦わずして降伏した。これを三韓征伐というが、中々の女傑である。
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1897年に新たに発行された政府紙幣に神功皇后の肖像を天皇の代わりに使った。しかし、神功皇后は実在したか否かもわからない人物であり、想像してキョーソネが描いた肖像のため、どう見ても西洋風の女性として描かれている。
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切手も1908年に高額である5円と10円に紙幣同様、神功皇后の肖像を使ったものを発行した。しかし、その意匠は紙幣を参考にしたもののため、やはりバタ臭いものとなった。
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ただ、1923年に関東大震災で印刷所にあった原板が焼失したため、1924年から日本人風の肖像に変更された。このため、1908年発行のものを旧高額切手、1923年発行のものを新高額切手と呼んでいる。日本最初の女性の切手が何となく西洋風の肖像なのはそんなわけなのである。