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新シリーズ『都会の小さな町散歩』その1。住居表示は1962年5月に制定された住居表示法に基づき進められたもので京都市を除く大都市ではほとんどの所で完了している。因みに住居表示をしていない場合の住所は「〇〇町〇〇番地〇」という表記に対し、住居表示を終えた場合は「〇〇町〇丁目〇番〇号」という表記になることが多い。(日本橋小舟町のように丁目がない単独町名もある。)
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しかし、東京23区でも千代田区(神田地区)、港区(麻布地区)、新宿区などまだ住居表示が完了していないところもある。為されていない町に行くと通常ある区が配布する住居表示板が貼られていないので電柱広告を見るしかないのである。今回は市ケ谷駅から牛込神楽坂駅までを地図を片手に電柱広告を見ながら、小さな町を巡ってみた。
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市ケ谷駅を降りて左に行き、靖国通りを越えるともう住居表示板のない世界になる。まずは左に曲がり、周囲を歩く。すぐ右には亀ヶ谷八幡宮があるが、この辺りは新宿区市ケ谷八幡町である。
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目の前にはそそり立つように階段があり、途中、左側には摂社の茶の木稲荷、さらに奥には本殿がある。この間の台風のせいなのか、落ちた銀杏を軍手をはめて拾う夫婦もいた。
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神社の裏には住居もあるが、やはり地名を書いたものは何もない。靖国通り沿いのマンションの名前と信号の表記だけが「市谷八幡町」とあった。因みに住民基本台帳による居住者は61世帯114人である。
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飯田橋方向に歩く。前回鼠坂を探した際に登った左内坂の1つ先を左に曲がり、先の二又をさらに左に。長延保育所が出てくるがこの坂が長延寺坂である。今は団地となっているあたりに長延寺という寺があり、その参詣の人が多く通ったため、この名前となった。因みに現在は中野区に移転しているが。
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この周囲は「市谷長延寺町」であるが、保育所と団地が3棟あるだけの町で侵入禁止の上、行き止まりとなっている。こちらも住民基本台帳では95世帯135人に過ぎない。
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坂を降りて向かい側に渡る。ほぼそのまま真っ直ぐ住宅街を抜ける道を歩くとようやく電柱広告を発見、「市谷砂土原町1丁目」とある。教会の前を通りすぎ、突き当たりを右に曲がると前回歩いた浄瑠璃坂である。
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今回は左に曲がり、少しいくと「市谷田町2丁目」。この辺りは町の境が複雑でその先はまた「市谷砂土原町2丁目」になる。今は高級マンションが林立しているが、少し前まではお屋敷が並ぶ町であった様である。(以下、次回)