おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。
やや遅い時間の更新ですが、練りに練った話を書きます。
権力闘争/主導権争いは、国家間でも、対人関係でも、さまざまな場面で遭遇しますね。
このことについてアドラー心理学では、親子関係や、教師と児童/生徒との関係の対応法でとても有益な知恵を提供してくれています。
(1)権力闘争の舞台から身を引く
(2)子どもと穏やかに過ごせたとき、感謝の気持ちを伝える
(3)子どもの協力を得ることで、子どもがその力を建設的に使えるよう援助する
ただ、(1)の「権力闘争の舞台から身を引く」ことについて釈然としない人、屈辱的な思いがする人がいます。
ここで、カナダの小学校に通っていた帰国子女の中学2年生の(男子)のケースを取り上げます。
A君は登校しぶり気味。
母親に連れられてカウンセリングにやってきました。
話を聞くと、英語の先生とトラブルになって、先生の発言に対して「先生、英語ではそういう表現はありません」と指摘したりして嫌われました。
先生から思わず「お前は英語の授業を受けなくていい」と言われたのをキッカケに、英語の授業がある午前中に遅刻したり、体調不良を理由に休む日も出てきました。
日本とカナダの文化の違いがあって、ハッキリものを言うA君がクラスの中で浮いていることも関係していました。
カウンセリングに来たA君と英語教師のやり取りは注目レベルではなく、明らかに権力闘争/主導権争いのモードでした。
私が「権力闘争の舞台から身を引く」ことを提案すると、「そんなことをすると悔しい」と言いました。
しかし、現在の登校しぶりは権力闘争/主導権争いのモードから復讐レベルに入っていて、自分自身にとっても建設的ではありません。
そこで私は「もしかしてA君、パワーストラグル(権力闘争/主導権争い)から身を引くということを自分が引き下がることで悔しいことだと受け止めていないかい?」と尋ねました。
賢明なA君は即座に認めました。
私は「引き上がるっていう方法もあるんだよ」と示唆すると、A君はきょとんとしていました。
「大事なことは同じ土俵で戦い続けないこと。土俵を降りて屈辱的なポジションに身を置くことを好まない人は、上の観覧席で教師の独り相撲を眺める方法もあるんだ。時にこんなことを自分に言うこともできる。この『アホ』」と私。
A君は笑い転げてこう言いました。
「そんなことを言っていいんですか?」
「心の中だけでね」
このカウンセリングはA君にとても有効だったようです。
私のとっさの「引き上がり」発言をA君を救ったのです。
A君は登校しぶりをやめ、時々、英語教師の教え方を俯瞰しながら権力闘争/主導権争いを卒業することができたのです。
副産物もありました。
教師の英文解釈の力量がとても高いことを発見できたのです。
このように、権力闘争/主導権争いからの身の引き方として引き下がることを屈辱的に感じる人には、引き上がることもお勧めです。
子ども場合は、小学校5年生前後からこの知恵を授けてもいいですね。
それだけでなく、職場の人間関係において、夫婦間のトラブル解消にも、この引き上がりがきわめて有効であることを私は確信しています。
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