おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。
昨日(9月29日)は、オフィスには行かなかったのですが、台風24号の対策などで朝から大わらわでした。
まずは、今日の名古屋開催のカウンセリング演習の参加者に一斉メール。
また各方面にメールをしました。
三笠書房王様文庫の原稿のチェックもしました。
また、カウンセリング演習に関して私自身休むわけにはいかないので、昨夜のホテルの手配。
そんなことで予定外の名古屋のホテルからのブログの更新です。
さて、『「老いる」とはどういうことか』(河合隼雄、講談社+α文庫、640円+税)から2回目です。
110の話題のうちほんのいくつかをピックアップして私のコメントも入れて紹介します。
7話 自分自身にほうびを
80歳を超えても小説を書き続ける作家の埴谷雄高氏が、原稿の進み具合に応じてワインで祝杯する「ごほうび」のことが書かれています。
ごほうびは、アドラー心理学では他者の行動を操作する手段として好ましくないものとみなしていますが、自分自身に対しては、操作・支配のツールでもないので、大いに結構です。
私の研修後の祝杯もこの類です。
24話 趣味を「遊ぶ」
70歳ごろになると、趣味が重荷になることがあります。
「遊ぶ」のではなく、そこに競争や上達の意識を伴うことになるからです。
河合氏は、こんなふうに書いています。
「要はいかなる趣味であれ、それを遊ぶことができてこそ老後に役立つということである」(P.71)
32話 握手で心をふれあわせる
「年をとってくると・・・・ただ、目を合わせたり、お辞儀をしたりするだけよりも、手と手を握りあうことによって感じることは、大きいと思われる」(P.86)
孫の成長ぶりは、目だけでなくハグや握手で確認したいものです。
この項の最後を河合氏は、次のように結んでいます。
「肌のふれあいが、心のふれあいを強化してくれるはずである」
90話 「長老の教え」が教えてくれたこと
爆笑してしまったユダヤの長老の教え。
あえて詳細を書かないことにします。
河合氏の結び:「長老の教えはありがたいものであるが、いつもそのとおり従う必要はなさそうである」(P.209)
この本の価値を高めてくれているもう1つのものとして、河合氏と免疫学者の多田富雄氏との「『老い』をめぐって」の対談があります。
対談の中で多田氏が概要次のように語っていることが、とても印象に残りました。
その1つめ(P.254~255)。
免疫は伝染病に対する抵抗力のような形で認められるが、ほんとうは自分以外のものが体に入ってきたときにそれを排除する反応である。
免疫系の老化は、免疫機能がおしなべて下がってくるのではなく、ある機能は下がるし、別の機能はかえって突出して高くなるように、アンバランスが起こってくることがわかってきた。
このことから老いは、人によって機能の高低ができるように多様性がある。
だから、老いというのは、生物学的に見て、単一の現象ではなく、多様性がある。
そのことを理解しないでいると、老化について間違った結論に陥る。
その2つめ(P.270~271)。
世阿弥の著書『花鏡』の「初心忘るべからず」は、有名な言葉だが、「初心」には3種類ある。
1.若いころの初心
2.その時々の初心
3.老後の初心
「老後の初心」というのは、体力がなくなったとしても年代に応じた新しい工夫をすることによって常に創造的であり続けることができるという意味である。
私は、「老後の初心」の言葉にとても勇気づけられました。
対談の最後に河合氏は次の言葉を残しています(P.273)。
「自分も多様性なかの一員であるから、自分なりのものができあがるはずだという覚悟をもって、老いに向かっていってほしいと思います」
この言葉から私は、老い方は人それぞれユニークであって、「老い方はこうでなければならない」という固定した考え方を排除しようと決心しました。
◆『別冊 正論32 「非常識高齢社会」』(産経新聞社、926円+税)も読みました。
これで1,000円(税込み定価)は、絶対にお得。
人生100年時代に備えるために是非お読みください。
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