見もの・読みもの日記

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大阪で文楽を見る/夏休み文楽特別公演・曽根崎心中ほか

2012-07-29 01:28:30 | 行ったもの2(講演・公演)
国立文楽劇場 夏休み文楽特別公演(2012年7月28日)

 また週末をやりくりして、ショートステイで関西に来ている。もちろん博物館・美術館にも寄っていくつもりだが、今回、最大の目的は、大阪で文楽を見ること。私は学生時代から、もはや30年にわたる文楽ファンなので、このところ、大阪市の文楽協会への補助金凍結問題を見ていると、腹が立つやら情けないやら、開いた口がふさがらない気持ちだった。とりあえず応援がてら、大阪の文楽公演がどんな状況なのか、自分の目で確かめてこようと思った。

 東京人の私が、文楽を見るために通い続けてきたのは(東京の)国立劇場である。大阪の文楽劇場には、むかし一度だけ、声明だか雅楽だかを見るために遠征した記憶があるが、文楽公演を見に行くのは初めてのことだ。第1部・親子劇場の新作「西遊記(さいゆうき)」には、かなり心引かれたのだが、第2部・名作劇場の「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」「契情倭荘子(けいせいやまとぞうし)」と、第3部・サマーレイトショー「曽根崎心中(そねざきしんじゅう)」にとどめた。それでも、こんな盛りだくさんな演目を一日で鑑賞するのは、ずいぶん久しぶりのことだ。

 「摂州合邦辻」は、私の大好きな作品。合邦庵室の段のみの上演だが、ちゃんとストーリーが分かるように組み立てられているのがすごいと思う。記録を探したら、2006年2月に国立劇場で見たときは、竹本住大夫+野澤錦糸の切だったようだ。住大夫さんの舞台が聴けたのは、これが最後くらいじゃないかしら。今日は、松香大夫-咲大夫-嶋大夫のリレー。嶋大夫さんは、2009年5月の『ひらかな盛衰記』以来かな。恐るべきパワーと技量である。文楽を老いぼれの世迷い言みたいに思っている若者は、まあ一度、嶋大夫さんの芸を見てみてほしい。それでもって、玉手御前という、貞女のタテマエに隠された、恋する女の「毒」に戦慄してほしい。それから、合邦夫妻と娘・玉手御前の親子愛が身に沁みた。両親の老いを感じる年齢になったからかもしれない。

 「伊勢音頭恋寝刃」は、古市油屋の段(切)を竹本住大夫+野澤錦糸がつとめる予定で、私はすごく楽しみにしていたのだ。何しろ東京公演では、住大夫さんの出るプログラムは、あっという間に売り切れて、この数年、チケットを取れたためしがないのである。そうしたら、直前に病気休演が決まって、竹本文字久大夫さんが代演することになった。文字久大夫さんは美声だが、ちょっと物足りない感じがする。ごめんなさい。まあでも、これもヘンな演目だ。とってつけたように忠義を理由にしているけど、要するに、ばさばさと人を斬り殺すこと自体に様式美と快感を感じているフシがあって。

 「曽根崎心中」は、やっぱり何度見ても名作だと思う。話の筋がコンパクトにまとまっているところが、現代人向き。今回、わりと後方の席から舞台の全景を見ていたのだが、どの場面も色彩がとても美しかった。お初の蓑助さんも徳兵衛の勘十郎さんもさすがだ。何よりこの道行は、文章を前にしただけで泣いてしまうのである、私。客席のあちこちからも啜り泣きが漏れて、終演後、ハンカチで涙を拭いている浴衣姿の若いお嬢さんもいた。

 第2部・第3部ともほぼ満席。この客の入り、この反応で、どこに文句があるのだろう、と思った。東京の文楽ファンは、年齢を問わず「文化」「教養」志向を感じさせるのに対し、大阪は家族連れが多くて庶民的、という客層の違いは、なんとなく感じた。でも、それはそれとして、気になったのは、文楽劇場の「居心地」が今ひとつなこと。東京の国立劇場に比べて、座席の間が狭くて窮屈。さらに客席に高低差がないので、舞台が見にくい。それと、第3部が始まる前に、2階ロビー売店のお弁当が全て売り切れていた(1階レストランは営業)。まあ、東京の国立劇場と違って、外に出ればすぐ軽食屋とかあるんだけどさ…。もうちょっと、劇場内のサービスを改善する余地はあるんじゃないかしら。

 1回だけの印象では分からないこともあると思うので、また来てみようと思う。大阪の文楽公演のほうが、東京よりチケットを取りやすいことが分かったのは、補助金凍結問題の思わぬ余得であった。ええと、ちなみに前々日に大阪市長が「曽根崎心中」を見に来て、いろんな感想をマスコミ相手に喋っているらしいが、あまりにも馬鹿馬鹿しいので、ここに書き留めることもしない。あんな子供でも言わないような感想を報道されることに、本人はほんとに納得してるのだろうか? なんだかもう、この件にかかわっている誰も彼も、可哀相になってきた。
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