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見もの・読みもの日記

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秘書と事務職員/工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち(今野浩)

2013-04-03 23:58:10 | 読んだもの(書籍)
○今野浩『工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち』 技術評論社 2012.11

 新年度を迎えて、個人的な職業生活上の変化についても書かなければならないのだが、とりあえず年度末に読んだものの整理から。本書は、工学部の語り部をもって任じる著者の、『工学部ヒラノ教授』『工学部ヒラノ教授の事件ファイル』に続く3作目である。わくわくと本を開けたら、「まえがき」に記憶のある文章が載っていて、目を疑った。『工学部ヒラノ教授』について、私がこのブログに書いた感想を引用してくださっていたのである。「文系の大学教授や評論家諸氏の賛辞は、まことに有り難かった。しかし、それ以上にうれしかったのは、大学に勤める事務職員諸氏の言葉である」とのお言葉とともに。

 その一方で「面白く読ませていただいたが、工学部教授を支援する事務職員について、何も触れられていないのは残念だ」とボヤいていた事務職員氏もいたという。そこで、大いに反省した著者は、「教員と事務職員の共闘物語」を書くことを思い立ったという次第。

 しかし、この説明には、やや戸惑うところがあった。著者が「まえがき」に述べているとおり、国立大学の事務職員は三つのグループに分かれる。第一は、文科省本省から出向してくる「進駐軍」スタッフ(資質はともかく、ポジションはエリート)。第二は、中級・初級公務員試験をパスしたあと、大学が採用する職員。そして、第三は、派遣職員や種々雑多なパートタイム職員。本書に登場する「教授秘書」というのは、主にこの第三の類型に属する。

 第二の類型に属する「典型的」大学事務職員の私から見ると、彼女たちを「事務職員」にカテゴライズすることには、やや違和感がある。むかし(平成の初め頃)私が事務職員をしていた某大工学部でも、何人かの教授は秘書を使っていた。そして、正規雇用の大学事務職員と、パートタイム教授秘書の間には、大きなカルチャーギャップがあるように感じていた。これは男性には分かりにくいかもしれないが、女性で職業に大学事務職員(公務員)を選ぶのは、一生働き続けたい志向を持つ人、もしくは働かざるを得ない状況の人で、地味でコツコツ堅実なタイプが多数派だと思う。

 それに対して、教授のポケットマネーで雇われている秘書は、本書に登場する「六本木秘書」嬢のように、育ちのいいお嬢さんが多くて、フルタイムで心身をすり減らして働く必要はないのだが、安心できる職場で社会勉強(と、あわよくば結婚相手探し)のために週3~4日の勤務を希望するケースが多い。

 しかしまた、こういうパートタイム秘書には、時として「典型的」事務職員が及びもつかないような、献身的で、気が利いて、馬力があって、頭の回転の速い超優秀な人材がいることも確かだ。私は本書を読みながら、実際に大学という職場で出会った何人かの秘書さんを懐かしく思い出した。

 本書には、海外留学時代の見聞を含め、何名かの秘書が登場するが、著者の教育研究生活を20年以上にわたって支え続けたのは「ミセスK」なる方である。本書には、ミセスKが働き続けなければならなくなった家庭の事情が、かなり詳しく書かれている。一方、妻の難病に悩んでいた著者に、介護施設への入居をすすめたのは、ミセスKだという。お互いのプライベートな事情を分かち合える、大人の信頼関係を私はうらやましいと思った。本書の読みどころは、長い職業生活を通じて、中高年の男女二人の間に築かれた友情&信頼物語ではないかと思う。

 いま、国立大学の正規の事務職員は、数年単位で職場を異動していく。それには、もちろんいい面もあるのだが、教員との間に、こういう絆は生まれにくいと思う。その点では、国立大学の教員生活の長かった著者が、私立の中央大学に移って「中大の事務職員には、愛校心に燃える優秀な人が多かった」と見ていることも、やや胸の痛む指摘だった。
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