〇板橋区立美術館 『椿椿山展:軽妙淡麗な色彩と筆あと』(2023年3月18日~4月16日)
江戸時代後期を代表する文人画家の一人、椿椿山(つばきちんざん、1801-1854)の回顧展。あまり知られた名前ではないと思うが、私はとても好きな画家である。軽妙端麗は言い得て妙だが、そのほかにも平明、清新、優雅、繊細などの形容が似合う。「奇想」ではないけれど「ふつう」でもない、確かな個性を感じる画家である。たぶん泉屋博古館所蔵の『玉堂富貴』で名前を覚えたんじゃないかな、と思ったが、ブログで検索したら、2005年に板美の『関東南画大集合』で『花籠図』を見て、椿山に出会っていた(残念ながら本展には出陳されていないが、栃木県立美術館の所蔵)。
はじめの展示室は、椿山の本領ともいうべき花鳥画を特集。泉屋博古館の『玉堂富貴・遊蝶・藻魚図』三幅対は、やっぱり来ていた(前期のみ)! 加えて『玉堂富貴図』の画稿(田原市博物館)を見ることができたのが眼福だった。何度も推敲を重ねた墨線に淡彩が入っている。また、初見でいいなあと思ったのは、個人蔵の『玉堂富貴図』。縦長の画面に、海棠、白木蓮、牡丹を描く。海棠は薄墨で描き、控えめな牡丹は紫色。青と白と紫を滲ませた花色が絶妙である。この展覧会、図録の印刷の色はとても美しいのだが、やっぱり会場で現物と比べると、100%再現はできていない。 なお、花鳥画は絹本に描いたものが多いのは、自分の技法に適した素材を知っていたのだと思う。
後半は風景画と人物画。人物画でよく知られているのは『渡辺崋山像』だろう(wikipediaの崋山の項にも載っている)。崋山の十三回忌に制作された肖像画で、顔にはあまり表情がないのに、黒漆螺鈿の机の端に置いた手先が驚くほど生き生きしている。万事控えめな椿山は、師匠の崋山に向き合うとき、視線を落として師匠の手ばかり見ていたんじゃないかと想像した。この一点に至るまで繰り返し描き続けた崋山像の画稿が10点近く出ていたのも嬉しい(個人蔵、田原市博物館)。本展に多数の資料を出陳している「田原市美術館」は愛知県田原市(渥美半島か~)にあって、田原藩家老であった渡辺崋山の関係資料を多数収蔵しているようだ。崋山が蛮社の獄で投獄された後、椿山らが救済に奔走した様子を記録した『麹町一件日録』や、崋山から椿山宛ての『遺書』など、貴重な文献資料も出陳されていた。私は『高久靄厓像』(これも複数点ある)も好きだ。椿山の肖像画は、絵の好きな真面目な中学生が描いたようで、キャッチ―な面白みには欠けるが、対象に迫ろうとする誠実さに惹かれる。風景画は多くないが、これもよい。山種美術館所蔵の『久能山真景図』は後期かあ。また見にこよう。
このほか本展には、たくさんの画稿や旅先のスケッチ、縮図帳や日記などが出ていた。その面白さを展覧会の企画者もよく分かっていて、図録に多数の図版を収載してくれたのはありがたい。でも本当は全ページデジタル化して公開してほしい。前日に府中市美術館で「蘆雪の雀」を見てきたばかりだったのだが、椿山のスズメや文鳥もなかなか可愛い。椿山は、花鳥画のイメージから完全に文弱の徒かと思っていたら、私塾の琢華堂では、絵画だけでなく、素読や書道、兵学や居合も教えていたという。ちょっと意外。でも身体はあまり強くなかったようだ。10年以上「推し」てきた画家の人となりを、初めて知ることができた。