見もの・読みもの日記

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成熟都市のふところに潜る/京都の平熱(鷲田清一)

2013-05-26 11:35:47 | 読んだもの(書籍)
○鷲田清一『京都の平熱:哲学者の京都案内』(講談社学術文庫) 講談社 2013.4

 この間、関西に行ったとき、京都だったか大阪だったかで買った本。著者は大阪大学の先生だと認識してので、京都生まれで京大出身であることは、本書を開くまで知らなかった。まえがきに「きょうと206番」とあり、「生まれてこのかた、ずっとこの路線沿いに住み、生きてきた」とある。京都市内を循環する市バス206号系統のことである。本書は、この206号を東回りでたどりながら、神社仏閣や大学や花街などの「表」(これらをまとめて「表」というのもどうかと思うが)の世界のきわで、つつましくまじめに生きてきた京都人の日常と、そこに口を空けているさまざまな孔について語ったものだ。

 市バス206号は、京都駅を出ると東へ進む。ラーメン、べた焼などのうまいもの談義。京都国立博物館の角を曲がって北へ。安井金毘羅宮の男断ち絵馬。高台寺塔頭の「奇人」住職(私、お見かけしたことがあるかも)。奇人のいる街は住みやすい。人生のリミットが示されているので、そのリミットの内なら何をしても大丈夫という保証が目に見えるから。そして、街が行き詰ったとき、異物としての奇人が、世直しのきっかけになるかもしれないから。私は特に後者の理由に共感する。だから、都市の暮らしが好きなのだ。

 「この本は、家元とお寺と『京料理』、それに大学についてはいっさいふれないというポリシーで書いている」というが、「ほんの一言」という断り書きで書かれている京都大学論は、とても印象的である。人文研の桑原武夫教授の最上級の褒め言葉は「頭がいい」でも「できる」でもなく、「おもろい」であった。ただし、誤解してはいけないのは、一過性の「受け」ねらいではなく、これまでの通説や基盤そのものをくつがえす可能性を看て取ったときに発せられる言葉だという。いまの大学が、産業界の要請を受けて血眼になっている「グローバル人材育成」は、こういう「おもろい」人材を育てられるんだろうか。むしろつぶす方向に作用するのではないかしら。

 バスは北大路(ずいぶん北まで行くんだ!)で西に折れる。西陣、着倒れについて。京都人のきわもの好き、新しもん好き。ファッションは自由と規則のたわむれである。ここでも奇人が重要な役割を果たす。人工的な変形と装飾の極みである舞妓さんと、貧相主義を体現する修行僧という、両極の「異形」。自由な校風で知られる鴨沂高校、紫野高校を紹介しながら、「十五の春は泣かせない」を掲げた蜷川虎三京都府知事、さらにさかのぼって、明治の初め、多額の金を持ち寄って、普請のよい小学校(自分たちの住居よりはるかに立派な)を造った京都市民に思いを馳せる。「京都人はことほどさように教育熱心である。ただし、受験勉強は勉強と認めない」という誇らかな発言に感心する。残念ながら、すぐそのあと「いや、認めなかった」と過去形に書き直されているけれど。

 千本北大路で南へ。再び、きもの文化と精密技術の風土について。かつての西陣京極の猥雑さを懐かしみ、著者が生まれ育った佐女牛井(さめがい)町に戻ってくる。あのへんか! 昨年、源氏六条館の史跡を探して、何度か歩いたところだ。天使突抜、楊梅通、醒ヶ井通、六条商店街など、どの地名を見ても風景が浮かぶ。観光客の姿の少ない、いかにも「平熱」の京都を感じられるスポットだ。

 大宮七条を曲がり、終着の京都駅に向かいながら、京都総論。タクシーで京都めぐりをする修学旅行への苦言。「京都らしさ」という言説に対する、京都人の距離の取り方。2000年に発表された「京都市基本構想」は、著者が取りまとめ役を仰せつかったものであるという。へえ、知らなかった。この制定の裏話というか、取りまとめ役である著者のコメントが、また京都人らしい。「よそのひとには嫌みに聞こえてもいいから」「京都にやってくるひとたちをこれまで以上にびびらせようというのである」「頭を垂れることの嫌いな、困ったひとたちなのである」って起草者がいうのだから、文字面だけしか読めない子供の批判なんて、はじめから相手にされないのだ。

 写真家・鈴木理策氏による京都風景も味わい深い。また、本文のところどころに「京都の平熱」にふさわしいグルメ情報も挟み込まれている。いちばん気になったのは力餅食堂。何度も関西に行っているのだから、私も一回くらい見かけているのだろうけど、全然気づいたことがなかった。こういう大衆食堂の「おうどん」が美味いという。次回、ぜひ。

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