〇『九州縹緲録』全56集(2019年、檸檬影業他)
春に見ていた『九州・海上牧雲記』と同じ、玄幻ドラマ(ファンタジー)「九州」シリーズの最新作。繰り返しておくと、「九州」は7人の作家が共同創作した架空世界で、内海を囲む3つの大陸に、人族、羽族、鮫族、魅族などが暮らしている。八大王朝の年譜もあり、本作に描かれる胤朝は『海上牧雲記』の端朝より700年くらい前の設定らしい。
北陸の草原に育った阿蘇勒(アスラ)(劉昊然)は、青陽部の部族長の世子(跡継ぎ)という生まれに似合わず、気の優しい身体虚弱な少年だったが、「青銅の血」を受け継ぎ、ひとたび我を忘れると悪鬼のように荒れ狂う性質を持っていた。東陸・胤朝の諸侯国である下唐国の百里景洪は、北陸との同盟を固めようと阿蘇勒を下唐国に招く。ここで阿蘇勒が出会った少年と少女が姫野(ジーイエ)(陳若軒)と羽然(イーラン)(宗祖児)。無口な姫野は、下唐国の下級武士の息子で、妾の子として実の親にも蔑まれながら、いつか戦士として名を挙げることを渇望していた。天真爛漫で姉御肌の羽然は、寧州の羽族の少女だったが、国を滅ぼされ、叔母の宮羽衣とともに下唐国に身を寄せていた。三人は意気投合し、いつまでも他愛なく遊び暮らすことを願うが、運命はそれを許さない。
かつてこの世界には、平和のために戦う天駆武士団という結社が存在したが、皇帝殺しの汚名を着せられ、今は日陰の身となっていた。阿蘇勒は、天駆の宗主しか持つことのできない蒼雲古歯剣を手に入れ、新たな宗主に推戴される。そのことが彼を苦難の道に導く。
胤朝の皇都では、年若い気弱な皇帝に代わって、叔母の長公主が権勢を揮っていた。諸侯国の一つである離国の贏無翳は、乱れ切った皇都を武威によって制圧するが、なお、さまざまな思惑と陰謀が渦巻く。皇帝の妹・小舟公主は、阿蘇勒を皇都に招き、天駆の力を借りて事態を打開しようとするが、結果として、姫野と羽然も、複雑な権力闘争の渦に飲み込まれていく。そんな中で惹かれ合う姫野と羽然、阿蘇勒と小舟公主。
この二組の若者カップルの、せめてどちらかは幸せになってくれるだろうと思っていたのだが甘かった。以下【ネタバレ】になるが、羽然は、故郷・青州(寧州)において、自分が「姫武神」の資格を持つことを知り、鶴雪団と呼ばれる羽族の武士を呼び覚まし、羽族が安寧に暮らせる国を復興するため、神殿の奥深く(一種の巫女として)留まることを選択する。小舟公主は、胤朝皇帝として即位し、母国の安定のため、下唐国のドラ息子・百里煜との政略結婚を受け入れる。ええ~! 姫野と阿蘇勒には、未来を感じさせる終わり方なのだが、ヒロインふたりは絶望的な宿命を受け入れるだけなのか。
このドラマ、序盤で下唐国の将軍・息衍との大人の恋に泣かされる蘇瞬卿とか、終盤の長公主、羽然の叔母の宮羽衣、あと阿蘇勒の幼なじみの蘇瑪とか、女性の運命は徹底して残酷かもしれない。しかも運命に流されていくのではなく、母国のため、信じるもののため、過酷な運命を自分の意思で選ばざるを得ないように仕組まれている、その容赦のなさが物語の魅力でもある。贏無翳の娘・玉郡主は、惚れた姫野に振られるだけでマシなほうか(ファザコンでかわいい)。私は気性がまっすぐで表裏のない羽然が好きで、幸せになってほしかったのになあ。
女性だけでなく男性も、シチュエーションによって善悪の印象がくるくる入れ替わる人物が多くて魅力的だった。離国の国主・贏無翳を演じた張豊毅は相変わらずシブい! しかし、終盤にもう一度戻ってくるかと思っていたのに当てが外れた。阿蘇勒と死闘を繰り広げる、辰月教団の妖術使い・雷碧城は張志堅。やっぱりこのひとは悪役がはまる。天駆武士団の復興に全てをささげた(それゆえ独善的でもある)鉄皇大人・翼天瞻(江涛)も面白かった。盲目の策士・百里寧卿(魏千翔)もよい。
『九州・海上牧雲記』に比べるとファンタジー要素は少なめ。というか、妖術使いとか羽族とか狼王とかが、あまりにリアリティをもって画面の中にいるので、ファンタジーだということを忘れてしまう。そして相変わらず、騎馬軍団のアクションの迫力がすごい。日本の視聴者には『九州・海上牧雲記』よりこっちのほうが入り込みやすいのではないかと思う。結末もまあまあ、許せる結末だし。中国では、原作ファンの評価は厳しかったと聞く。原作はどんな小説なのかなあ。主役の少年少女たちは、まだ少年少女のままで終わってしまうのだが、彼らの10年後、20年後の物語があるなら読んでみたい。
2020/11/23:タイトルの「縹緲」を「縹渺」から訂正。