

山間の七ヶ宿をようやく抜けて、海に来た。上の写真は、佐渡汽船の新潟港ターミナルの一角に、ひっそりと展示スペースを設ける「新潟県港湾資料室」。れっきとした県が管理する施設(新潟地域振興局新潟港湾事務所)である。
最近少しリニューアルをしたみたいで、大きなスクリーンで佐渡や両津港のことなどが紹介されるようになった。しかし、相変わらず認知度は低いようで、あまり見学者と遭遇したことがない。
しかし、うちの孫は佐渡に住む従兄弟を送りに来るときには、真っ先にこの資料室に入る。確かに展示物が多いわけでなく、子どもに何が受けているのかは分からないが、かなりの長時間滞在をするスポットである。


以前だと中央に新潟港のパノラマ模型が鎮座していたが、かなり長い期間活躍してきたものであることが容易にうかがえたし、模型内の場所を示すランプが壊れていた個所もあった。そこで、大型スクリーンの登場となったようだ。
ほかには県内の港の紹介や役割、港を守るための浚渫船(しゅんせつせん)の紹介、佐渡汽船で使用されたものをはじめ、いくつかの船の形や用途を紹介する模型などが展示されている。
中でもお気に入りは、動く「操舵輪(そうだりん)」の実物模型。これだけは何時間でもOK。しまいに孫たちの取り合いになるくらいの人気である。なにか、海のロマンでも感じるんでしょうかね?


最近の展示で、新潟港に寄港した大型クルーズ船を紹介したコーナーがある。寄港の際には大勢の市民が出迎え、セレモニーなどが開かれるが、そのお礼にと船からは記念品が渡される。結構、寄港しているんです。(以前、新潟東港で「クアンタム・オブ・ザ・シーズ」の寄港を紹介した。2019年5月7日記事参照。https://blog.goo.ne.jp/jikokuhyou485/e/37391aa0730ec8ea96a73efaf000b6b2。)
ただ、新潟西港は信濃川下流につくられた河口港。上流からの土砂や季節風などの波浪で寄せられる砂など、水深が浅いことでなかなか大型船の入港は難しいのである。主要港で、この難点を抱えていたからこそ戦時中は機雷の設置、原爆投下の候補地にもなっていた。
しかしこの港があって新潟は繁栄してきた。北前船から始まり開港5港に、そして戦時下には満州や朝鮮半島への出国・帰還の最寄り港として大活躍。港文化があって今があることに感謝し、もう少し掘り下げてみたいという思いになる。