行き先不明人の時刻表2

何も考えずに、でも何かを求めて、鉄道の旅を続けています。今夜もmoonligh-expressが発車の時間を迎えます。

今回は、北海道のB級グルメを満喫

2019年03月31日 | 食(グルメ・地酒・名物)
北海道のお話が途中でしたね!
今回もグルメを楽しんだが、今回はいずれもB級グルメ。しかし侮れないのが北海道の魅力でもある。



写真は、北海道の中央部、奈井江町にある「しらかば茶屋」の名物料理「とりめし」。この日は、地元の方定番の塩ラーメンとのセットでいただいた。
このとりめしが絶品!少し甘めのだしで炊きこまれたご飯の中に鶏肉がゴロゴロと入っている。甘さは玉ねぎだとか?さすが北海道の味ですな。
また、そのご飯にあっさりと透き通ったスープの塩ラーメンがぴったんこ!絶妙の組み合わせだと確信できる。これはお勧めですよ!



そこから少し北に行った北海道第二の都市・旭川ではポークチャップをいただいた。駅前から続く商店街から少し奥まったところにひっそりと構える「自由軒」は、地元の人気洋食屋。
「肉めし」といわっれる看板メニューがこのポークチャップ。豚肉の下には玉ねぎが敷き詰められ、特製のデミグラスソースがこれまた食欲をそそる。
実はこの店「孤独のグルメ」で紹介された。店内には松重豊と店主が写った写真や、その時に五郎が食べたセットメニューの掲示などもある。



最後に紹介するのは、北見名物「目丼」。初めて聞きました。というより、この地方の焼肉店でしか食べられないローカルレアなメニューである。
北見を訪れた時は雪。この日も酔っていながら〆に焼肉?その〆には目丼だという。まあいわゆるご飯の上に、目玉焼きまで焼かない卵を乗せた玉子丼である。
これも、タレが独特。玉子丼にしては卵が固く、タレは少し辛め。なんでも焼肉のタレだというが、初めての味だったもので印象に残りました。
(酔っていての三次会。後から調べて、歩いた経路からすると「板門店」というお店の様だ。)

今回はカニでも海鮮もなく、チーズ・バターの乳製品でもない(多少いただきましたが…)北海道グルメの紹介。
それにしても、北海道はお米が美味しい。新潟のコメより粒がしっかりしていて、白く光るごはんばかりが目立った。
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イオンで購入した淡路屋さんの弁当を食べて

2019年03月26日 | 駅弁


日曜の夕食は駅弁だった。
週末、遊びに来ていた孫が帰ると、老々生活を思い起こさせるように家には妻と二人暮らし。ご飯を炊くのも面倒だし、イオンで駅弁が売っていたので買ってきたという。
それでも、駅弁においても私の好みは「幕の内派」ということは知っているようで、写真の駅弁「京都の春」を購入してきた。おかずを様々楽しめるし、つまみにもなるしね。

駅弁を見ると「淡路屋」製。神戸の老舗駅弁屋のものだ。イオンだから関西の弁当屋か?
確かに前日には長男も淡路屋の名物駅弁「ひっぱりだこ飯」を食っていた。懐かしい容器だけが残っていた。(写真下:陶器製の蛸壺をイメージした容器。中身が入ったものは2004年購入・撮影したもの。)



淡路屋は、新神戸や西明石駅、山陽線沿線で駅弁を販売していたが、今では関西一円でも委託販売されており、東京駅などの駅弁コーナーでもその名前はよく見かける。
イオンはじめ催事での販売、空港、甲子園球場やほっともっとフィールド神戸などでも販売。ANAの機内食も納入している。関西に二はなくてはならない駅弁屋になっている。

というのも大阪には、かつて「水了軒」という弁当会社があり、大阪を中心として営業活動をしていたが2010年に廃業。この水了軒、会社名やブランド、工場等の施設が売却・別会社が運営になっており、当時から主力商品だった「八角弁当」だけが再現されて新大阪駅構内で売られているとか?今度探してみたい。(写真下:廃業前の水了軒の弁当「八角弁当」2003年購入・撮影。)

スピード化や旅行の時短が進み、列車から食堂車が廃止されて久しいが、新幹線の車内販売の中止などのニュースも流れ、駅弁業界も厳しい時代を迎えているが、関西の駅弁屋さんも頑張って!


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三陸鉄道リアス線が営業再開と聞いて

2019年03月24日 | 鉄道
北海道のことをもう少し書き込もうと思っていたのだが、テレビ番組を自動録画にしていて、ちょいと気になった番組があったので急遽ネタにした。
「おはよう日本」はNHKの朝のニュース番組。なぜ自動で録画になったかというと、ニュースの内容を紹介する「三陸鉄道リアス線開通」という見出しが、自動録画のキーワードとして設定した「鉄道」にヒットしたためだ。

そう、東日本の大震災によって発生した津波は、鉄道施設もズタズタにした。(写真は、いずれも「NHK総合テレビ」のニュースから。)



三陸鉄道は、北リアス線・南リアス線とも被害を被ったものの、民鉄で赤字路線を抱える三鉄には国の復興予算が投入され、意外に早く復旧をすることはできた。
問題はJR線。JR東日本は会社全体では黒字であることから補助金が交付されず、被災前から深刻な赤字路線であった気仙沼線、大船渡線、山田線の沿岸部の一部は手つかず状態。特に問題なのは山田線の釜石と宮古の間。険しい三陸の地形も相まって、復旧工事も大変な区間なんです。

地元自治体との協議の中で、工事はJR東日本が行うものの、その後の運営は三鉄に移管されることとなり今回めでたく再開された。これで三鉄は、釜石と宮古間のリアス線の開業で、南の盛から北の久慈まで結ばれることになり、三セク鉄道では最長区間の営業となるとか。
以前は、JRと三鉄を乗り継いで銃弾をしたことはあるものの、一度復興支援で乗ってみたいねー!



観光列車なども走らせて、頑張っている三鉄だが、沿線住民にとっては大事な足であり、復興のシンボルにもなっている。
そんな映像二映し出された気動車のボディに「新潟トランシス」の文字。以前から三鉄に気動車を納めていたが、ここでも復興の特別列車として紹介されて、新潟県人としても嬉しく思ったしだいだ。



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北海道の広い台地をめぐり、日本の明日を考える

2019年03月21日 | 仕事(教育活動・いちご・建設・選挙含む)
先週の北海道への出張の件、今回は遠軽というオホーツクに近いところまで足を延ばすことになり、3泊4日の長丁場となった。



北海道も少雪の冬から春に向かう季節。しかし、立春を目の前に寒波に見舞われ、クルマで目的地の遠軽・北見に向かうが、旭川を超えると雪が目立つ。

そんな中で、地域の建設業の方は、地域の活性化と地域を守るための創意工夫と新たな挑戦する姿は熱いものがある。
この日も、外国人研修生を積極的に受け入れる事業所を訪問。同時に、担い手のいなくなった農業部門の継承に乗り出している。労働力の確保と第一次産業の継続は北海道でも深刻な問題だ。

ベトナムからの実習生は大工部門で技術の習得を目指している。単なる労働力確保というのではなく、日本の技術を身に着け、祖国でのインフラ整備を夢見る。
また、今後の外国における技術指導ということを考えると、海外での業務提携なども考えられるため、単なる実習制度ではない。
日本の技術力を認め、親日といわれる国や外国人がいるうちになとかしないといけないんじゃないですかね?

また、北海道の広い台地の中でも、ハイオクや農地の荒廃も見受けられる。少子高齢化は全国的な課題で、農業の継承という点については北海道も本州も同じ状況だ。
特にこの事業所では、寒さに耐性を持つマツの苗木の事業を継承し、ハウスで大規模に栽培を進めている。北海道内でも、この事業を行っているところはあまりないのだそうだ。



建設業も農業も、確かに屋外作業が伴い、職場環境は厳しいことは確か。ただ、熱い気持ちを持つ人たちによって、何とか継承されているこの時代にこそ、何とかすることを考えていかないと、日本は大変なことになりはしないか?

北海道の広い台地をめぐる旅は、世界規模、全国規模で考えをめぐる旅でもあった。




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「超・売り手市場」時代の求人説明会で思う

2019年03月15日 | 仕事(教育活動・いちご・建設・選挙含む)


現在、出張で北海道滞在中に書き込んでいる。北海道の記事は後日書き込むことにしたい。

今日は3月に解禁になった新卒者の就職・求人活動。我が社もこれまでのインターシップの参加募集から、具体的な求人活動にシフトし、3月1日から(実際には2月下旬から)合同説明会や会社単独の説明会を開催し、学生に応募を呼び掛けている。

合同説明会では、ここ数年参加する学生の数が少なくなっていることを感じる。
少子化の影響で学生の数そのものが少なくなっていること。人材不足は否めない。少ない学生求職者の奪い合いになっていることで、今後も「超・売り手市場」が続くものと予想される。

学生が来ない合同説明会の参加にも疑問を抱くが、技術職は更に厳しい。
製造業では、金属加工や部品製造の業界、介護職も人気薄、また我々建設業についても絶対数が少ない上に、大手がインターシップ時点で青田買い。とにかく技術職や職人などどうしても人が必要な職種のブースは悲惨な状況にある。
加えて地方の中小企業では、ネームバリューがないために見向いてももらえない。

ただ、上記の業界の社会的必要性については誰もが認めるところ。それは地方や都会という地域差は関係ない。
地元出身の学生でUターン希望や地方で活躍したいというIターンなどもいることはいる。少ない希望者に対して、効果的に必要性や魅力を伝えることも大事なこと。

大手や含んだ業界で、この辺をどう考えるか?地方の発展と持続ををどう考えるかを議論するとともに、我が業界からいうと、下請けである協力会社の技術職や職人をどう確保していくかも合わせて考えなければならない。


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出雲・石見の旅4・山陰線に思いを寄せて

2019年03月11日 | 鉄道
出雲・石見の旅の最後は、やはり山陰線について触れておきたい。(この投稿だけカテゴリーを「鉄道」にさせてもらった。)

すでに全線走破している路線。京都から下関(正確には幡生)670キロに及ぶ路線は、現在JRでは最長路線。その大半を日本海に沿って走る風光明媚な路線である。
ただ、これを一気に走破することはなかなか難しい。全線を駆け抜ける優等列車がないこと。地方と仕事を結ぶ区間列車が多いことなど。
そうそう行ける場所ではないことから、私の場合も走破するのには何年がかりでした。(写真下:敬川駅付近の126系石見神楽ラッピング車両)



山陰地方の都市は、山陽本線や山陽道などを背骨として、中国山地を横断する線で結ばれている。JR線で言えば、福知山線や播但線、伯備線、山口線、美祢線などがそうなる。
特急も、はまかぜ(大阪~播但線~城崎温泉)、スーパーはくと(京都~智頭急行線~鳥取・倉吉)、やくも(岡山~伯備線~出雲市)、スーパーおき(新山口~山口線~鳥取・米子)など、山陽線や山陽新幹線のターミナル駅を結ぶためのものである。(写真下:夕陽を受けて出雲市駅出発を待つ381系「やくも」)



「スーパーまつかぜ」は、本州では唯一新幹線ターミナルでない駅を始発・終点にしている。(益田・米子~鳥取)これが唯一の山陰地方の串刺し特急となるのかー。「ガラケー」ならぬ「ガラ線特急」は、貴重な存在といえる。

裏日本の日本海沿線、新潟・秋田と一応は新幹線接続駅を持つ地元の羽越線だが、何だか似た匂いのする路線が山陰線だ。
非電化・単線の出雲市以西は列車数も少ないものの、キハ187系のスーパーおき、スーパーまつかぜは振り子気動車で、軽快に駆け抜ける姿はカッコいいですよ。
しかも187系0番台は、新潟生まれ。新潟鐵工所のブランドでは最後の気動車なんですよ。(写真下:軽快に温泉津駅付近を走り抜けるをキハ187系スーパーおき)


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出雲・石見の旅3・世界遺産の石見銀山で

2019年03月08日 | 旅行記・まち歩き
前年ながら訪問した時間が遅い時間。冬時間の設定で、すでに保存区域に入る手立てがなかったので、世界遺産センターでの見学になったのが、2007年に世界遺産登録となった石見銀山。



豊かな自然の中にある石見銀山。国道9号線から15分ほど山間に入ったとおろに「石見銀山世界遺産センター」はある。
谷間にある保存地域にはクルマの進入禁止だが、センターまでの道は整備されている。世界遺産登録の賜物か?センターも立派なものである。(写真上:外観、写真下:展示室内部)

センター内では、銀山散策のためのガイダンス施設。ジオラマや映像、貴重な文献などが展示され、事前に勉強するのにはもってこい。
特に目を引いたのは、銀の洗練方法だが、なかなか理解するには難しい。

また、室町時代から採掘されていたというこの銀山では、広範囲に点在する坑道のほかにも、歴史的な街並みが往時の鉱山の発展と世界から評価を集める理由が理解できる。



保存地区の大森地区では、資料館や遺跡、歴史的建造物が各所で見られるとともに、その景観や趣を活かしながらショップやカフェ、土産物屋も並ぶ。広範囲の遺跡を回るため、レンタサイクルショップもありました。
私の訪れた時間は閑散としていたが、平日でも観光客があふれているそうで、「世界遺産」というネームバリューの凄さを感じる。(写真下)

間歩(まぶ)といわれる坑道までは見ることができなかったが、かなり当時(江戸時代)の手彫りの跡が見れるとか。公開されていない行動もあって、ミステリアスな感じも残る保存地域である。



さて、同じく世界遺産と登録を目指す地元佐渡の金銀山遺構。違いは何か?
遺跡群やその役割、歴史的意義、そして保存状態などはそう変わらないように思える。石見銀山の場合、広範囲とはいえ一定地域にその全てが集中し、魅力を伝えることに成功していることは確かだ。

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出雲・石見の旅2・立派な「旧大社駅」を訪ねて

2019年03月06日 | 旅行記・まち歩き
決して廃線マニアはではないのだが一応鉄ちゃんだから、出雲・石見の旅の途中、看板に「旧大社駅」の文字を見つけたら目が行く。立派な駅舎に、いったんクルマで通り過ぎたのに、わざわざUターンして見てきました。



旧大社線「大社駅」。出雲大社にも見えるくらいの和風の「建築物」は、大正時代に建てられたそうだ。確かに大正ロマンも、どこかに感じる。
国の重要文化財でもあり、いまも営業を続ける一畑電鉄の「出雲大社前駅」の洋風モダンなものと対照的な存在。

やはり、出雲大社への参詣者の乗降駅としての位置づけだったようで、広い待合室や長いホーム、いくつも並ぶ改札口(出口)は、多くのお客様を迎えていたことを感じさせる。
団体列車の発着や、古くは大阪・京都などから夜行急行なども運行、発着していたらしい。



1990年(平成2年)に廃止。観光・参詣客も、この頃には完全にクルマ利用だろうし、地域輸送の代替として一畑電鉄もありましたからね。
廃線は一部サイクリングロードなどに活用されているが、現在この旧駅舎も含めてあまり注目はされていないようで、ホーム隅にひっそりと保存されているD51を見ても、やっぱり寂しい気持ちになりますよねー。
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出雲・石見の旅・出雲詣でで、いいご縁がいただけますように!

2019年03月01日 | 旅行記・まち歩き
島根には何回か訪れたことはある。
仕事で出雲市へ。あとは電車の乗りつぶしで数度。待ち合わせで、津和野、益田、浜田、江津、出雲市、松江など、列車乗り継ぎの事情が厳しい地域で、駅に降り立ち時間を潰すこともあった。
なかなか新潟からは遠い場所で(国内では、北海道の東部などと並び、最も遠いと言っていいかも)、そうめったに行くことのできない場所でもある。

今回は、半分仕事、半分プライベートの一人旅。結構時間に余裕があったので、初めて出雲大社の参拝することができた。



縁結びで知られる出雲大社だが、現在平成の大遷宮の二期工事中。まあ、神様の神殿のリニューアル工事で、外溝等の付帯工事が行われているところだった。ちょうど、天皇陛下御即位30年奉祝行事が行われていて、記帳をさせていただきました。

立派な社殿ですが、全体的な雰囲気がなかなか他にはないものがあります。まあ、電車乗りで伊勢市に宿泊しながら伊勢神宮はじめ、他の神社にもあまり行ったことがないので何とも言えないのですが、荘厳な雰囲気を醸し出しています。
さすが、神無月(10月)に全国から神様が集結する大社ですね(ここでは、「神在月」というそうです。)。

ただここでは、参拝の方法が独特で、普通は「二礼二拍手一礼」なのに、「四拍手」なんですよね?これは何ででしょうか?まあ、作法に従いそうしましたが、説明を読んでもよく分かりませんでした。



今更縁結びも何もないのですが、まあ残り少なくなってきた人生で、少しでも多くの人たちとのご縁が結ばれ、充実した人生を!てなところですかね?
とにかく、先日の四国もそうだったけど、ゆったりとした時間を持つことができたし、今回は御朱印に加え、門前の出雲そばも美味しくいただきました。

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