行き先不明人の時刻表2

何も考えずに、でも何かを求めて、鉄道の旅を続けています。今夜もmoonligh-expressが発車の時間を迎えます。

「ナイス、ジョブ!」ならぬ、「YAMAHA JOG!」

2021年08月28日 | 日記・エッセイ・コラム


コロナ禍にあって行動が制限されている中、なかなか出かける機会がない。これは私だけではないだろうが、なかなかブログのネタも探せない状況に陥っている。
コロナ事情によることも大きいのだが、選挙事務所で仕事をしている中で身動きが取れないといった方が正解なのかもしれない。出かける気持ちどころか、気持ちが休まらないというのが本音。
そんな中だと、ついついAmazonでの衝動買い物に走ってしまうのが悪い癖なのだが、加えて今回は原付のバイクを購入してしまった。

選挙事務所で、ちょっとした用事や買い物、役員・支援者に届け物する時に重宝するのではとの考えが働いた。
ただ、夏だけに熱い。ヘルメットはかなり厳しい熱気を籠らせるだけでなく、猛暑日には全身で熱風を受けることになる。もっと快適だと思っていたのだが。
異常気象の中で、とつっぜんの雨に見舞われることもあった。ちょっとガソリンを詰めている間にどしゃ降り。たまたま雨具を持ってこなかったために覚悟の上のずぶ濡れということもあった。

まあ、便利は便利。確かに重宝していると言っていいのだが、家族や事務所のメンバーは事故らないようにと心配している。還暦を超えた、爺さんですからね。当然のことだと思う。
学生時代(もう40年前にもなる)、やはり原チャリに乗っていた。大学時代の通学に使っていたし、神奈川から新潟まで乗って帰ってきたこともある。YAMAHAチャッピーだった。
ただ今回「バイクの女王(昔、安全運転競技で県チャンピオン)」に探してもらったのが新古車(展示品の型落ちバイク)で同じYAMAHAのスクータータイプのジョグ、こちらは走りますよ。でも、その分スピード出し過ぎには気を付けないとね!

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再訪、松原ステーブルスで「ホシオー」に再会

2021年08月22日 | 旅行記・まち歩き


こちらは「松原ステーブルス」さん。2015年12月4日の記事で紹介しているが、競走馬などの養老牧場。
本来、役目を終えた馬たちは殺処分されることがほとんどだが、ここは馬たちが余生を送るために開設された牧場。「一頭でも多くの馬の命をつなぎたい」と、2005年、場長の松原正文さんがこの牧場を地元に開設した。
サラブレッドだけでなく、ポニーや木曽馬など様々な種類の馬、十数頭が飼育されていて、馬たちはイベントや乗馬体験、子どもたちとの触れ合い授業や介護施設への慰問など大活躍している。



客人をご案内し、この日も乗馬体験。牧場の外周に整えられた周遊コースを一回り。自然に囲まれたダートコースの入り口には休憩施設として東屋などもあり、のんびり馬を見ながら気持ちをいやすことができる。キャンプもOKだとか。
元騎手で調教師であった場長の松原さん、前回は直接馬を引いてくれたものの、あまり口数が多い方ではなく、むしろ寡黙。焼けたお顔に、鋭い目が印象的で、少し近寄りがたいところがあった。
しかし今回、こちらから声を掛けてると、競走馬が現役引退した後の話から、ホースセラピーの話などまで、饒舌に話を聞かせてくれる。鋭い目は輝く目に変化していました。この方の話こそ貴重なものだと思う。(写真下:客人に話をしてくれる松原さん(中央)と、2015年12月自ら馬を引いてくれる松原さん)



さて、以前紹介した「ホシオー」はどうしてる?そう、2015年、やはり客人をのせてくれた馬で、武豊も騎乗したことがあり、地方へ移ってから輝かしい成績を残してきた栗毛のサラブレッドだ。
すでに25歳、人間の年齢にすると70歳超え。相当なお爺ちゃん馬ということになるが、松原さんにとっても思い入れも深く、この牧場の生みの親であり主でもあるはず。
薄暗い厩舎に入って探す。ズーっと探す。いました!一番奥に。さすがボスですね。今はお客様の相手をすることは少なくなっているようですが、放牧の時は元気な姿を見せてくれているというので一安心!元気で牧場を盛り上げてね。

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メッシとセルヒオラモスが去ったラリーガを観て

2021年08月17日 | スポーツ・スポーツ観戦


リオネル・メッシがバルセロナを去ることになった(正確にはすでに去ってしまった。)
昨シーズンから移籍の噂話はあったのだが、今回はチームとも合意に達していたので大丈夫との情報が急転直下。何でもチームの年俸総額がリーグの規定を上回ったというのが理由らしい。
ジダンでラリーガ(スペインリーグ)が始まり、ロナウジーニョでバルサファンになり、そして至宝のメッシという選手に出会うことになる。17歳でトップデビュー、数々のタイトルの獲得し、現在34歳。



移籍先は、かのパリ・サンジェルマン。やっぱりそのチームが触手を伸ばしてきたかー、という感じ。バルサ黄金期を作ったネイマールと、またコンビを組むことになる。
そのほかに、一昨年のシーズンまでレアルでプレーしていたケーラ・ナバスを獲得し絶対的守護神としていたのに、EURO2020でも活躍・大会MVPのイタリア代表GK・ドンナルンマ(ミランから)も移籍してきた。
それでエンバペがいて、ディ・マリアがいて、ブラジル代表のマルキーニョス、フランス代表・キンペンベ、なになに?セルヒオ・ラモスの名前もあるっ!どうなってんだ!



メッシがバルサの看板選手なら、セルヒオ・ラモスはセビージャの下部組織育ちながらレアルの星。長年ライバルチームで、フォワードとセンターバックで対峙してきた二人が同じチームに所属することになる。
心配なのは今シーズンのバルサとレアル。絶対的なチームの柱を失い、さてどうなることかと思ったら、両チームとも的確なパスと素早い攻めでいつもながらの試合を見せてくれて初戦を勝利している。
バルサのブレイスエイト、EUROでも活躍したけどメッシがいなくなって活躍の場が広がった?レアルはベンゼマ、こちらもチームの新しい柱としての復活を予感させる。ラリーガの楽しみ方を探すぞ!

(写真は、フジテレビ、WOWOWの放送、新潟日報の記事等をお借りして…)


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村上の鮭料理、お勧めは「千渡里」です

2021年08月14日 | 食(グルメ・地酒・名物)
笹川流れは、新潟県の県北の町・村上市にある。村上は城下町。古くから三面川(みおもてがわ)の鮭が郷土料理として有名。以前紹介した(7月2日記事)の「きっかわ」も鮭を扱う店として紹介した。
市内の高級料亭・割烹で、「吉源」、「新多久」、「能登新」は酒料理を提供する三大老舗。きっかわ直営の「井筒屋」や、同じく鮭の加工品を扱う永徳の「悠流里」は、「予約が取れない、2時間待ち行列」の超人気店。
そのほかイヨボヤ会館(鮭の水族館)の併設の茶屋や鮮魚センターの食事処、近隣の道の駅など、市内のあちこちで気軽に鮭料理を楽しむことができる町でもある。



でも、お勧めは「千渡里」という割烹。仕事場の関係もあって何回か通ったが、ここは鮭でなく、そのほかの料理にも地元の新鮮で旬の食材をふんだんに使っているので、客人にも喜んでもらっている店だ。
実はこのブログでも何回か紹介している。以前(2013年6月21日、2016年6月9日の記事)、ギターリストの吉川忠英さんのライブを紹介している。そのステージ(お座敷)が千渡里である。
また、今の会社に移ったばかりの頃から、千渡里&きっかわは客人を案内してきていることが分かる。(2015年12月3日記事参照)お決まりのコースになっているだよな。



料理を紹介しておこう!上の写真はメインの塩引鮭とはらこ丼(イクラの醤油漬け丼、写真はミニサイズ)。塩引鮭の隣には村上牛も見えます?
はらこ丼には、塩引鮭をほぐして乗っけて食べる。どちらも、ご飯と一緒に食べたくなるんです。下の写真は前菜と岩ガキ&お造り。そうそう、「鮭」の料理には村上の「酒」も外せません。
食レポはなし!ぜひ現地でご賞味ください。




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それはそれは戦略的な笹川流れの遊覧船

2021年08月09日 | 旅行記・まち歩き
夏といえば海?でも遊びに行ったわけではなく、今回も客人のアテンド。それも梅雨の終わりの時期のことで、ネタとしては少し古いがお許しを。



地元で海というと白い砂浜というのが定番。だが、少し北に行くと岩場の景勝地「笹川流れ」がある。眺めもいいし、水もきれい。その景勝地には遊覧船が出ていて客人を案内するにはもってこいの場所。
ここで遊覧船に乗船するのは何年ぶりのことか?コロナ禍において、佐渡の孫にも会いに行けず、久々の船ということになるが、佐渡のフェリーとは何せ規模が違う。
10数人分の乗船券を買い求め、遊覧船に乗り込むことになるが、少し風もあることから船酔いする人などが出ないことを祈るばかりだ。周遊コース、乗船時間は40分ほどだという。



「おばこ丸」はこの遊覧船が創業以来5代目の船。120名乗り、19トン。桑川港を出ると少しうねりがあるが心地よい揺れ程度。しかしもっと心地よいのは、見所を紹介する軽妙なトークの船内放送だ。
ここには義経の奥州落ちの伝説があり、正に義経が見たような景色であるかのように解説する。ニタリ岩…何に似ているか?は想像にお任せするが、疲労困憊の旅の途中、義経がニタリとしたとか。
ほかにもメガネ岩、恐竜岩、雄獅子岩などの奇岩に松の木、入り江の海水浴場にもなっている砂浜など、意外に海の上からだと見所も多いのに改めて気づく。



見所を過ぎると、いよいよカモメの出番。これ、よくできているなーって思う。カモメのエサである「かっぱえびせん」が船内で販売される。乗船した客を飽きさせず、またカモメも餌がもらえるスポットを心得ている。
どっとカモメが船を取り囲み、ヒッチコックの「鳥」のような世界になるが、デッキ集まった客はおっかなびっくりのところはあるものの、意外にも喜んでいる。
確かに佐渡汽船でも海鳥の餌用にかっぱえびせんが売られているが、義経伝説といい、カモメをも操る技術といい、かなり戦略的に長けているような気がする。お見事!創業昭和27年、笹川流れ観光汽船!


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山の中でラッセル車とロータリー車が静態保存されていた

2021年08月04日 | 鉄道


前回紹介した「ころり三観音」、三つ目の西会津町にある「鳥追観音」を参拝した後の話になる。境内の駐車場からクルマを出しUターンさせようと、僅かばかり道路から奥手の広場までいった時の話である。
広場の片隅に、何やら鉄道車両のようなものが展示されている。ラッセル車だ!屋根がかけられているので保存車両であることは確かだが、あまりに無造作に置かれている。
クルマを止めてみてみると、前方にロータリー車、後方に法にラッセル車が展示されていた。こんなところに?かなり年代モノの風格というより、傷みが激しいように見える。



除雪用車両の形式はよく分からないが、「キ621」と「キ172」の組み合わせで、かなり貴重なもののようだ。上の写真の説明書きにもあるように、新潟県内や磐越西線・米坂線などで活躍していたらしい。
ラッセル車は単線用のもので、線路の両側に雪をかき出す方式。昭和14年、秋田生まれ。マックレー車(線路サイドの雪の壁を崩して雪をかき集める車両)との説明があるが、正式にはマックレー車は展示されていない。
ロータリー車は、ロータリー方式で雪を吹き飛ばすもの。キ600形の改良で5両製造、戦後の大阪生まれ。蒸気機関で動いている。昭和46年に坂町機関区に配置されたとあるので、もしかしたら見たことあるのかも?



説明書きに「キマロキ編成」とある。聞いたことのない言葉だったが、調べてみると、「キ」は機関車、「マ」はマックレー車、「ロ」はロータリー車、そして最後尾にもう一度「キ」で機関車だという。
豪雪時に、前述の線路沿いに積まれた雪の山がその後の除雪の支障になるため、除雪(排雪)するために編成される、いわば特別な除雪隊編成。前後にラッセル車を付け足したり、作業員を乗せる車掌車を組み入れたりすることもあったようだ。
「キマロキ編成」は北海道でしか保存されていないようだが、「ラロ」が並んで見れるというのは北海道以外ではここだけだそうで、とても貴重。ラッセル車だけなら、日中線記念館(旧熱塩駅)の方が保存状態はいい。(日中線記念館のキ287=第二世代なので戦後生まれで若いこともあるが、その点からもキ172は貴重なのかも。)


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会津の「安楽ころり信仰の教え」を伝える三観音めぐり

2021年08月01日 | 旅行記・まち歩き
またまた会津へ逆戻り。言わずと知れたことだが会津は歴史深い土地である。東北地方で最も早く仏教文化が開花したのも会津である。
平安初期、山の神・磐梯明神を守護神として、磐梯山の麓に開かれた慧日寺(えにちじ)によって仏教は会津地方に広められたという。(現在は「慧日寺跡」として、資料館などで歴史を紹介している。)
厳しい冬の気候や磐梯山の噴火などもあってか、会津の土地に信仰心が深まり、全国でも広められた三十三観音めぐりがこの地の進行から娯楽へと人々に根付いたということだ。(「日本遺産・会津三十三観音めぐり」より。)

実は「会津三十三観音」のほか、会津盆地の東西南北、会津若松市内など、信仰の広がりによってなのかいたるところで三十三観音めぐりが紹介されている。こりゃ巡るのはのは大変だなーと思いながら調べると面白い信仰が目に留まる。
「ころり三観音」。三つの観音様を巡拝することにより、人の心にはびこる三毒(よこしまな心、怒りの心、不平不満の心)を罪障消滅し、寿命安楽にて大往生を迎えることができるというもの。
自分に分にぴったりの信仰だし、死に向き合う時も近い、近いというとこの三観音は新潟からも近い会津盆地の北西方向にある。せめて会津をウロウロする間にお参りしたいと考えたのだ。



もしかして、巡る順序があるのかもしれないが、まずは磐越道・会津坂下インターからも近い「立木観音(恵隆寺)」へ(写真上)。
ご本尊は十一面千手観音。観音堂とともに国の重要文化財だ。立木の根が付いたままの状態から掘った本尊であることから「立木観音」と名付けられ親しまれている。
抱きついて願い事が成就するという「だきつき柱」などがあるが、堂内は撮影禁止、拝観料も必要のことで、外からのお参りになる。信仰心の薄い自分には、この時点でご利益は期待できない。



立木観音から15分ほどのところに「中田観音(弘安寺)」がある(写真上)。会津美里町だが、会津高田の町から少し外れたところの住宅密集地にひっそりとした場所にある。
何でも観音様を本尊とするときは、不動明王と毘沙門天の三体の配置になる一般的だが、ここでは毘沙門天ではなく地蔵菩薩という全国的にも珍しい配置。こちらも国の重要文化財。
こちらの観音様は、野口英世の母・シカも信仰していたといい、野口英世とともに参拝した写真なども収められている。



最後三番目にお参りさせてもらったのが新潟に最も近い西会津町にある「鳥追観音(如法寺)」。国道49号から大山祇神社方向へ数分、磐越道をくぐり小高い丘を登ると見えてくる(写真上)。
県の重要文化財である仁王門を入り本堂へ。左甚五郎作と言われる「隠れ三猿」の彫刻があるお堂は、「東西向拝口(東から入り、西から出る)」を持つ珍しい造りになっている。
「隠れ三猿」の三匹目の猿は隠し彫りが施されており、探すのが大変だとか。三猿を探せれば「福マサル」と言って幸運が開くという。団体向けの住職の説明をこっそり聞いてしまいました。

拝観料をケチったり、住職の話をこっそり聞いたりと、心の穢れが拭い去れない自分。
いずれも本堂には福結びの「だきつき柱」がることが共通でもあるが、こちらも完全に確認を怠り、抱きつくどころか確認もしていない状況。間違いなく私は「ころり」とはいけないことを悟った三観音の拝観の旅だった。
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