資格マニアの徒然草ブログ

目標としていた70歳で五百資格、2年前倒しで達成しました、これからはジャンルに関係なく、徒然なるままに書いていきます。

百名城でも続・百名城でもない清州城

2022年01月22日 | 城郭検定資格とその活用

 岐阜・愛知の城巡り、最後は清州城。この城は百名城でも続・百名城でもない。名鉄新清州駅から、川沿いに清州城へ。右岸に石碑が建っている。そして清州公園には、信長と濃姫像が建っている。二人には微妙な距離がある。右岸には清州城の石垣が復元されている。

(五条川右岸にある石碑)

(信長と濃姫の像、微妙に離れている)

 (右岸には、復元された清州城の石垣)

 清州城は、五条川右岸にあったが、現在の清州城は左岸だ。新しい城は、平成になって建てられたが、そもそも建っている場所が違っている。そして天守はあったようだが、どんな天守があったかは分かっていない。これじゃ、続・百名城にもならないはずだ。

(五条川を挟んで清州城)

(近づいて清州城、2枚)

 三層四階の天守閣の内部は、博物館だ。ジオラマは、清州城物語。火縄銃の体験もできる。実際にどうやって打つか理解できた。「火蓋を切る」の火蓋も意味が分かった。安全装置を外すという意味だ。展示は清州城下。江戸時代初期、朝鮮通信使の資料で、清州は大賑わいだった、と記録があるそうだ。

 信長は楽市楽座、兵農分離など、日本にとって新しい施策を次々に行っていった。天目茶碗も出土している。信長らしい好みだ。

(天目茶碗が、出土している)

 新聞風に、関ヶ原の記事が展示されている。以前、フェイスブックで自分の1年間の記事が新聞になってできるソフトがあったが・・

 そして、何といっても清州会議。映画も見たし、本も読んだ。

(清須会議のメンバー)

(映画のCM?)

 

 最後は天守からの眺望、実際に天守はここになかったため、ちょい迫力に欠ける。新幹線と名古屋中心部を臨む。

(新幹線、清州城の位置は、新幹線の敷地の下だったという説も)

(名古屋の中心部、清州からは近い)

  という訳で、清州城に登城。連休の日曜日、かなりの観光客が入っていた。

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