kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

山口国体~400mHと400m~

2011-10-12 | 陸上競技
今回の国体ではハードル選手のサポートというのが大きな業務でした。400mHに成年選手が出場するのでそこに付きました。

レース前日、「身体が重い」というのをかなり口にしていました。ここ3年の国体では前日に身体がかなり動いてハードルインターバルが詰まってしまうということが多く、今までにはない事だと感じていました。どちらかというと楽観的に物事を捉えるタイプの選手なのでこれまではそこをフォローするような関わり方をしていました。「ダメ」というと気持ちがマイナスの方向に進むので。実際にハードルを跳んでみるとハードルインターバルが13歩で届きません。これまでは余裕で届いていた部分ですがこの日は全く。最後の1歩が大きくなってしまい身体が浮きません。最悪を想定してインターバル14歩で1度練習をして終わり。これ以上練習をしても意味がないだろうということで打ち切りました。「いつもは試合前に身体が軽くて上手くいかないのだから明日は軽くなる」と繰り返し話して安心させました。

レース当日は動きが戻っていました。元々バネがある走りをするタイプです。伸びやかに走ります。性格が走りに現れている感じですね。この日は13歩で余裕がありました。これなら問題なく走れるだろうという感じがありました。ここ一番での強さに期待したいと思っていました。実際のレースは前半から積極的に飛ばしました。かなり速かったですね。冷静に見ていて力んで強引に飛ばしている走りでした。バックストレートで完全にトップに立ちます。歩数を切り替える6台目で抜き足を引っかけて少しバランスを崩しました。それでも何とか持ちこたえラストの直線に入ってきたときにはダントツでした。しかし、9台目を越えた時点で明らかに動きが鈍りました。普段なら余裕で15歩でいけるところがなんと16歩。大幅減速をしてハードルを越えたためそこからスピードが出ません。前半の走りで力を使い切っているという感じでした。それでもトップだったのですがあっという間に後続に抜かれてしまい組の4着となってしまいました。タイムも51秒台。不完全燃焼のままレースを終えてしまいました。本人もかなり悔しかったと思います。本当残念でした。

4年前国体で入賞したときには前半を14歩で走っていました。逆足の踏切が上手くなくタイムロスをしていましたが、200mから300mでスムーズに追い込んでいきラスト勝負ができるというレース展開でした。さらに上のレベルを目指すということで昨年から13歩へ変更。このパターンにしてからラストの減速が大きくなりました。年中練習を見るわけではありませんが、ここ最近は200mから300mの走りが微妙でした。本人もこの部分には不安を持っていました。身長もありストライドも広いですから13歩で走るのに問題はありません。しかし、いつの間にか「武器」となる部分を失っていたのかもしれません。私の400mHのタイムよりは成年選手の方が断然上です。立場的にひじょうに難しい部分があります。客観的に見ていてのアドバイスが中心になります。持っているものはかなりのモノで、世界大会が狙える水準の力があると思います。もう少し関わっておいた方が良かったのかもしれないと思いました。成年選手とはいえ「未知数」のレベルに挑戦しようとしているのは同じです。ーチとしての関わり方の難しさを改めて感じました。

悔しい気持ちはあったでしょうが、このまま終わらせるのは嫌だと強く思いました。「気持ちを切り替えて400mで戦おう」と話し、400mHの事に関しては考えないようにしました。まだレースは終わっていませんから「ダメだったこと」に関して振り返る必要はありません。次に向けて気持ちを持っていかなければいけないのです。コーチとして信頼されているかは分かりませんが、私にできるのは気持ちが切れないようにやっていくことですから。

一日おいて400mの予選。アップ時の走りはかなり良かったと思います。本人は「ハードルがないから楽しい」と言っていました。気持ちは切り替えてくれていました。実際のレースでは外側にランキング上位者がいたのでそれを見ながらレースを進めるようにアドバイス。400mHのように無理して前半飛ばすと後半の減速が大きくなりますからこの日のレースはとにかく冷静に。良い感じで走れてラスト50mまでは2着。着順で決勝に進めるかというところで内側からいきなり1人上がってきてラスト10mでかわされて3着…。心臓の鼓動が半端なく激しくなりました。この4年間関わってきましたからいつの間にかかなりの感情移入をしています。他の組の3着以下のタイムが上がらないように「競るな」と言いながら見守っているしかできません。最後の組が終わって何とか決勝に残った時には涙が出ました。本当に嬉しかったですね。決勝では8位となりましたが400mHの失敗から良く立て直してきたのではないかと思います。

400mHでの悔しさは我々の想像を越えていたと思います。この経験は競技に対する姿勢を変えるかもしれません。この選手がもっと貪欲に上を目指すことができたら間違いなく日本代表になるレベルです。性格的にガツガツしていないのが良さですが、もうワンランク上がるためにはここかなと思います。がむしゃらになることが出来ればきっと強くなります。これから先、どうするのかは分かりませんが出来れば競技を続けてもらいたいと強く願います。

この選手と関わりながら多くの事を学ばせてもらいました。トップ選手の動きを見ながらやりとりをするチャンスというのはそれほど多くありません。感謝したいと思います。
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山口国体~100m~

2011-10-12 | 陸上競技
今回の100mにうちの選手が出場しました。中国大会の決勝で12秒36を出し、12秒4台を3回出しています。比較的高いレベルで安定していたと思います。インターハイの少し前に足首の痛みが出ましたが、インターハイではまずまずの走り。大きい大会でもある程度力を出せるであろうという感じでした。それ以後のことは前の記事に書いていますの割愛します。全く走れない状態となりそこから何とか立ち直ってきたという感じです。

レース当日の動きは比較的良かったと思います。練習の感じからすると「最低でも12秒5は出るね」と他のコーチからも言ってもらえる状態までは戻っていました。アップまでは問題なし。うちの学校の選手が応援に駆けつけ招集所で声をかけたときは笑顔で応えていたようです。しかし、レースの結果は向かい風1.6mの中で13秒14。今季ワースト記録です。その現実は受け入れなければいけないと思います。この記録だけを見ると「何だ・・・」と思われるかもしれません。当然ですね。秋のシーズン、県新人の決勝では12秒中盤で走る選手がたくさんいました。「これなら自分が出た方が速い」と言われても仕方ない結果です。

言い訳をするつもりはありません。しかし、少しだけフォローをさせてもらえればと思います。それを言い訳というのかもしれませんが。この100mのレース、うちの選手は1組目の1レーンでした。トラックレースの一番最初です。地元山口国体で自分が一番最初に出るというプレッシャーは少なからずあったと思います。2組目、3組目であれば少しは違ったかもしれないと思っています。加えて、スタート直前にかなりの数の小学生がメインスタンドに入ってきました。それにより一気に競技場がざわつき始めました。選手紹介はありませんでしたがアナウンスから「地元、山口県の選手です」と紹介があった瞬間グランドはさらにワーとなりました。地元国体というのは考えられない位のプレッシャーがあります。「絶対に結果を出さないといけない」と言われます。そして今まで受けたことのないような声援。スタートの1歩目で起き上がってしまい、隣のレーンの選手が前にいたことでそれ以後「頭の中が真っ白になった」ということでした。たぶん何も覚えていないと思います。レースに参加させてもらえなかった感じです。

「たら」「れば」を言えばきりがありません。故障をしていなかったら、もっと早い段階で走れるようになっていたら・・・というのは意味がありません。自分を見失ってしまった大きな原因は「自信のなさ」だと思います。練習をきちんと積んで県新人である程度の結果を出していれば自信を持って大会を迎えられたと思います。インターハイから約2ヶ月、他者と競ったレースというのをしていません。約1ヶ月練習がまともに積めず、ある程度のレベルまで戻ってはきましたが「レース感」が鈍っていたというのは間違いありません。県新人の決勝レベルを走っていたら違った結果が出ていたかもしれません。しかし、そこまで持って行けなかったというのは今更どうにもできません。「辞退」というのも頭をよぎりました。この子のこの2ヶ月苦しみは想像を絶するものがあったと思います。「結果」は非常に大事です。しかし、その以上に「過程」も大事です。「結果」だけは見えないものがたくさんあります。周りから「結果」に対しての批難を受けるかもしれませんが、それは全て私の責任だと思います。「力を引き出すところまで持っていけなかった」というのは指導者の責任ですから。

また、今回私が「何とか走れるようにしてやりたい」という部分が強すぎたというのもあると思います。自分自身の「エゴ」であった可能性があります。あまりにも走れないので「関わりすぎた」というのがあります。本来であれば自分自身で解決していかないといけない部分に私が入り込んでいたと思います。「自立」ができていなかったのも「自信」が持てなかった理由の一つです。何かあれば先生の指示を仰がばいいという姿勢が間違いなくありました。自分で考えることができなくなっていたと思います。自分自身で判断してできることであってもいつの間にか「先生に聞けば良い」という考え方が強化されていた感じがあります。「甘え」を助長していたのは他ならぬ私自身です。「何とかしてやりたい」というのは指導者としては当然のことだと思います。しかし、熱くなりすぎて度を過ぎると「甘え」を助長します。そのこと今回の結果から学ぶことができました。私の関わり方が選手の自主性を奪っていたと思います。
女子選手は「依存心」が強い。分かっていることですが・・・。私の視野が狭くなっていて最も基本的な部分を見失っていた気がします。うちの選手が強くなるためには「受け身」の姿勢を捨てて自ら取り組む、自らやるということが必要になるのです。「先生がやってくれる」「先生が注意してくれる」という「弱い部分」を捨てることができて初めて「競技者」としてのスタートラインに立つことができるのです。

「練習が十分積めていない」という部分で「自信」を持てなかった。その状態でスタートラインに立って簡単に結果が出ることはありません。例え走れる力が戻ってきたとしても「自分は走れる」「他の誰にも負けない努力をしてきた」と思える部分無ければ大きな舞台では力は出せないと思います。私自身「走れるだろう」と甘く見ていた部分があります。今回の結果は私の指導力不足が招いたことです。もっともっと真剣に考えないといけません。

今回の結果、本人にとっては大きな精神的ダメージだと思います。これをどう捉えるか。もう駄目だと思うようならこれから先はありません。「絶対に這い上がってやる」と想い、全てを賭けて取り組んでいくことができるかで今後の結果は変わってきます。「やれ」と言われたからやるレベルでは戦えません。自分自身のために自分自身が努力する。妥協しない。言われたことだけをやるというのではこれから先はありません。「山口国体」という人生で二度と経験できない大きなイベントでの失敗を自分自身が「強くなるためのエネルギー」にできるかどうかだと思います。

まだ終わっていません。来年戦うために・・・。いろいろと考えていきたいと思います。
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