思うことを書きたいと思います。
「マニュアル」が必要かどうか。これは大切な部分だと思います。何もない状況から始めるというのは難しい。参考になるものが必要になるというのは当然ある。例えば何かをやろうと思えば「真似る」というのは当然必要な要素になります。競技の指導に関しても最初からできるわけではない。何かもとになる部分があってそれを参考にしながら進めていく。その中で「こうしたほうがいい」というアイデアが浮かんで来たらそれを取り入れる。単純に「○○高校がやっているからやる」というのは意味はないと思っています。
以前、ある指導者と話をしていた時に「○○高校の真似をして指導している学校がある」という内容が出てきました。強豪校といわれる学校の練習内容を表面的にまねして実施しているというものでした。そこに対して「劣化版」だと手厳しい言葉が(笑)。もともと、オリジナルの練習というのはそれほど存在しないと思っています。何かをベースにアレンジしていくことでオリジナルになる。どのような練習でもそこに「明確な意図」があるかどうかは大きい。やればよいというのではなく「何のためにやるのか」が重要になる。
「~をやってはいけない」とか「他校ではこうやっている」「他県では・・・」という話が出てくる。本当にそこに理由があるのかどうか。必要でやっているのか慣例でやっているのかは正直分からない。組織として成り立っている部分であれば改善の余地もあるが寄せ集めという部分では一時的なものでしかなく、修正できる可能性は著しく低い。合理的な話をしてもそれを必要としている、その意味を考えることがなければ「絵に描いた餅」でしかない。何も意味をなさない。
「今までこうだったから」というのがどれだけ成り立つのか。基本的に「選手主体」で物事を考えるようにしている。それは私にとっては絶対譲れない部分。しかし、その感覚で物事を考える人がどれだけいるのだろうか。大会などを見てみると主体が「選手」から「運営」に移っているなと感じることが多々ある。確かに競技会自体は「運営する人」がいなければ成立しない。しかし、もっといえば参加する「選手」がいなければ競技会そのものをやる必要性がない。競技会における審判やスポンサーはあくまで「補助的なもの」である必要があると考える。もちろん、資金がなければ大会自体が運営できないので参加料は必要になるだろうしある一定レベルの「イベント」も必要になるのかもしれない。
うちの県でも「日本GPシリーズ」の大会が実施される。しかし、極端に参加者が少ない。今年は日本選手権があるので多くの選手が参加するのではないかという話もあったがふたを開けてみると例年通り。昨年は小学生、中学生、高校生のリレーのみの実施だったのでさらに閑古鳥が鳴いていたようだ。今年は県内学生の100mを実施していたので多少なりと参加者が増えていた。それでもかなり少なかったと思う。
まったく同じ時期に「布施スプリント」が実施される。これはGPシリーズのレースではないが日本有数の高速トラックであり記録が出やすいというメリットがある。有名な選手を呼んできてレースを行うためさらに参加者は集まる。選手は「記録が出やすい競技会」を選ぶ。シーズンオフであれば違うかもしれないが、シーズン中はやはり「記録を狙うために競技会に出る」のが当たり前。この辺りも本当に考えていかなければいけないのではないかと思う。「やればいい」という話ではない。
陸上競技が好きで指導をしている。審判や役員をするためにやっているわけではない。それでも年齢を重ね「誰かがやらなければいけない」という部分があるので昨年度から運営委員をやらせてもらっている。しかし、私は委員をやるために陸上競技に関わっているのではない。そこは絶対に譲れない部分。委員の仕事をしないというわけではない。与えらえたことはやる。さらに工夫してやる。当然の話。しかし、選手を放置し続けてやり続けるのは私のスタイルではない。競技会自体も中心は「選手」だと思っている。
強い選手がいればその学校の名前が売れる。それはそれで大きいことだと思う。しかし、うちがインターハイに行ったからといって私自身が認められたいとは思わない。実際に走っているのは選手。選手の努力があるから上の大会に進める。私はそれをサポートしているだけのこと。勉強しに他県に行くも結局は「選手にとってプラスになるのであれば」というところしかない。自分自身が勉強したいという部分も大きくあるがやはり「選手のために」という感覚がある。
blogを書いていると「言葉が独り歩き」するところも出てくる。一言一句を取り出して叩こうと思えばそれもできる。しかし、私自身と直接関わってもらえればそれなりの部分が理解してもらえると思う。別に上から目線で何をするつもりはない。まーなかなか理解されない部分だと思うが。
話が飛びまくっていて何を書いているのかよくわからなくなったが(笑)。まー直接的な話は書けないので。比喩表現に近い話が増えてしまって抽象的な内容になる。申し訳ないですね(笑)。ちょっと書いておきたかったので残しておきます。
「マニュアル」が必要かどうか。これは大切な部分だと思います。何もない状況から始めるというのは難しい。参考になるものが必要になるというのは当然ある。例えば何かをやろうと思えば「真似る」というのは当然必要な要素になります。競技の指導に関しても最初からできるわけではない。何かもとになる部分があってそれを参考にしながら進めていく。その中で「こうしたほうがいい」というアイデアが浮かんで来たらそれを取り入れる。単純に「○○高校がやっているからやる」というのは意味はないと思っています。
以前、ある指導者と話をしていた時に「○○高校の真似をして指導している学校がある」という内容が出てきました。強豪校といわれる学校の練習内容を表面的にまねして実施しているというものでした。そこに対して「劣化版」だと手厳しい言葉が(笑)。もともと、オリジナルの練習というのはそれほど存在しないと思っています。何かをベースにアレンジしていくことでオリジナルになる。どのような練習でもそこに「明確な意図」があるかどうかは大きい。やればよいというのではなく「何のためにやるのか」が重要になる。
「~をやってはいけない」とか「他校ではこうやっている」「他県では・・・」という話が出てくる。本当にそこに理由があるのかどうか。必要でやっているのか慣例でやっているのかは正直分からない。組織として成り立っている部分であれば改善の余地もあるが寄せ集めという部分では一時的なものでしかなく、修正できる可能性は著しく低い。合理的な話をしてもそれを必要としている、その意味を考えることがなければ「絵に描いた餅」でしかない。何も意味をなさない。
「今までこうだったから」というのがどれだけ成り立つのか。基本的に「選手主体」で物事を考えるようにしている。それは私にとっては絶対譲れない部分。しかし、その感覚で物事を考える人がどれだけいるのだろうか。大会などを見てみると主体が「選手」から「運営」に移っているなと感じることが多々ある。確かに競技会自体は「運営する人」がいなければ成立しない。しかし、もっといえば参加する「選手」がいなければ競技会そのものをやる必要性がない。競技会における審判やスポンサーはあくまで「補助的なもの」である必要があると考える。もちろん、資金がなければ大会自体が運営できないので参加料は必要になるだろうしある一定レベルの「イベント」も必要になるのかもしれない。
うちの県でも「日本GPシリーズ」の大会が実施される。しかし、極端に参加者が少ない。今年は日本選手権があるので多くの選手が参加するのではないかという話もあったがふたを開けてみると例年通り。昨年は小学生、中学生、高校生のリレーのみの実施だったのでさらに閑古鳥が鳴いていたようだ。今年は県内学生の100mを実施していたので多少なりと参加者が増えていた。それでもかなり少なかったと思う。
まったく同じ時期に「布施スプリント」が実施される。これはGPシリーズのレースではないが日本有数の高速トラックであり記録が出やすいというメリットがある。有名な選手を呼んできてレースを行うためさらに参加者は集まる。選手は「記録が出やすい競技会」を選ぶ。シーズンオフであれば違うかもしれないが、シーズン中はやはり「記録を狙うために競技会に出る」のが当たり前。この辺りも本当に考えていかなければいけないのではないかと思う。「やればいい」という話ではない。
陸上競技が好きで指導をしている。審判や役員をするためにやっているわけではない。それでも年齢を重ね「誰かがやらなければいけない」という部分があるので昨年度から運営委員をやらせてもらっている。しかし、私は委員をやるために陸上競技に関わっているのではない。そこは絶対に譲れない部分。委員の仕事をしないというわけではない。与えらえたことはやる。さらに工夫してやる。当然の話。しかし、選手を放置し続けてやり続けるのは私のスタイルではない。競技会自体も中心は「選手」だと思っている。
強い選手がいればその学校の名前が売れる。それはそれで大きいことだと思う。しかし、うちがインターハイに行ったからといって私自身が認められたいとは思わない。実際に走っているのは選手。選手の努力があるから上の大会に進める。私はそれをサポートしているだけのこと。勉強しに他県に行くも結局は「選手にとってプラスになるのであれば」というところしかない。自分自身が勉強したいという部分も大きくあるがやはり「選手のために」という感覚がある。
blogを書いていると「言葉が独り歩き」するところも出てくる。一言一句を取り出して叩こうと思えばそれもできる。しかし、私自身と直接関わってもらえればそれなりの部分が理解してもらえると思う。別に上から目線で何をするつもりはない。まーなかなか理解されない部分だと思うが。
話が飛びまくっていて何を書いているのかよくわからなくなったが(笑)。まー直接的な話は書けないので。比喩表現に近い話が増えてしまって抽象的な内容になる。申し訳ないですね(笑)。ちょっと書いておきたかったので残しておきます。