照る日曇る日第1257回
1979年に新潮社から刊行された「同時代ゲーム」と1985年12月から岩波書店の「へるめす」に連載され1986年に単行本化された「M/Tと森のフシギの物語」を1冊に収めた第8巻であるが、読んでみると分かるように話者や文体こそ異なるが基本的には同じ内容であることに驚く。
作者の分身である「妹」に対する手紙という形式で書かれた前者が、どちらかというと晦渋な語り口(小林秀雄などは2ページで抛りだしたとほざいているが、それでも文芸批評家といえるだろうか!?)だったので、もっと読みやすい平明な文体にリライトしたものが後者ということだったのかもしれない。
しかしいずれにしてもこの2作で作者が郷里の四国の山村共同体を舞台に日本、全世界、そして宇宙に向かって徒手空拳で打ち上げた天地創造の神話的物語は、旧約聖書の創世記、本邦の古事記にも比すべき壮大な虚実皮膜のフィクション、あるいはそれ以上に面白くて為になる普遍的な人類史の祖型のカタリであり、「ドン・キホーテ」や「神曲」に匹敵する「荒唐無稽、抱腹絶倒の真実の書」として読むことができるのである。
もとよりこれは一作家の大脳前頭葉の深奥に宿った、「気宇壮大な果てしなく多義的な偽史」にすぎないのであるが、しかし私たちはその中に、現代史の現在的な課題、すなわち共同体対個人、国家対民衆の本来あるべき姿について、今なお多大なる示唆を受けることができるだろう。
仮令安倍蚤糞の悪政によって日本経済と社会が壊滅的打撃を蒙ろうとも、我らにこの大江の2作、三島由紀夫の「豊饒の海」宝物があればこそ、日本文学にまだ未来はあるといえるだろう。
「ノートルダムの鐘つき男」はどこにいる?そう思いつつ眺めた塔が 蝶人