あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

吉本隆明著「心的現象論」について

2023-02-07 11:08:17 | Weblog

 

照る日曇る日 第1857回

 

本書の「あとがきにかえて」を読むと、子宮がんで医師から治療終了を告げられた著者の姪が、「おじさん、どう考えたらいいの?」と聞かれた著者が、彼女にどう答えたら分からない、何も答えることができなかった、という痛苦の思いが、著述の出発点になったことが分かります。

 

私も先日ある人から「「真」とは何か?「善」とは何か?「美」とは何か?すぐさま答えてみよ」と挑まれて、何も答えることができず、唇を噛んだことを思い出しましたが、吉本氏はこの時、人間(自分)にとって「死」とは何か? そして「死」をどのように受け止めるべきか?という難問に直面し、あらためて心と身体、精神と言語の関係について全知全能を挙げて考察する決意を固めたのだと思われます。

 

それは古今東西の先学の知見を総覧し、解体し、再構築するという、前人未到の知的冒険に他なりませんでしたが、本書が吉本氏の個人刺雑誌「試行」に連載されていた1970年代にはまったくその執筆意図が分からず、とうとう文献堂で購入することを止めてしまったのでした。

 

しかしそれから半世紀以上を閲した現在、本書のいずれの記述もきわめて面白く、興味深いものではあっても、残念ながら断片的・恣意的な考察や研究資料であるに止まり、決して冒頭の姪の問いかけに真正面から応える内実を備えているとは思えない。恐らくあそのことに気づいたからこそ、著者はこの「巨大な」著述を、あえて未完のままに放置したのでしょう。

 

   ものすごく小さな月が頭の上に3つも出ていた 蝶人

 

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