照る日曇る日 第1926回
我らが主人公のルクレツィアには実在のモデルがあって、16世紀イタリアのフィレンツエの支配者コジモ1世の3女ルクレツィアがそれである。
彼女は13歳でフェラーラのアルフォンソ2世と結婚したが、それは本来は花嫁に擬せられていた姉が急死したからだった。いわばピンチヒッターとして白羽の矢が立てられた訳だが、婿のアルフォンソにとってはそんなことはどうでもよく、政略上の理由で正妻に息子が誕生しさえすればよかったのだった。
いわば「産ませ女」として公爵に嫁いだルクレツィアだったが、僅か3年後の1561年に毒殺されたと信じられている。それはルクレツィアのみならず、前の、そして後の公爵夫人からも子種を授からなかったアルフォンソ自身の肉体的遺伝子的特性の故だったろう。
後世に遺されたルクレツィアの1枚の肖像画、その不安に揺れ動きながらも、靭い個性を感じさせる表情から一瞬の霊感を得た作者は、強烈な想像力と創造力を自在に駆使して、薄幸の運命に流されながらも、おのれを最後の最期までしかと手放さなかった若い女性の全生涯を、完膚なきまでによみがえらせることに成功したといえよう。
たった1枚の絵への一瞥が、万人の心をとらえて離さない珠玉の長篇小説を生み出す現代文学の奇跡が、ここにある。
コジュケイが大きな声で叫んでる台湾リスの危険が迫る 蝶人