照る日曇る日 第1922回
いつぽんの樹でありしころ真裸のひとに抱かれし たれにも言はず
巻頭に置かれ、著者の本質をあえて告知しているようなこの1首の謎を、ぐあん
ばって解き明かそうとしたが、ついに出来なかった。
声挙げて哭く赤子なり人間の身体の芯にその赤子をり
人間存在の原核を、真正面から真っ向竹割りにした大胆不敵な1首。
キミガアヨオ/ヨオ/ヨオ 粉を吹くSP盤以て日の丸を揚ぐ
一読思わず呵呵大笑の痛快歌だが、よく調べると技巧の限りが尽くされている。
うすぎぬの眠さ そののちビロードの眠さ そののち冥きへ墜ちぬ
眠りの中で生から死、聖なる母胎へと溶解していく自我は性のヴェールに包まれ
ているようにも見える。
「殴る時肌と肌とが触れ合ふわそれもエロスよ」姉断言す
この謎めいた掌編小説のような趣のある歌集にあって、もっとも謎めいて、もっ
とも生々しく官能的な存在が作者の姉と思しき人物である。おしかすると巻頭歌
の「真裸のひと」はこの女性ではないかと、これはおらっちの不敬なる妄想。
短歌とは厄介者の子守唄、だらうか雨はほどなく止まむ
本書の末尾に据えられた、これまた謎のような1首だが、恐らく作者はみずから
を人世の厄介者と考えているのだろう。作者にとって短歌とは、人世のみならず、
自分自身にとっても厄介な自分という存在をあやしてくれる、自作自演の子守唄。
人世を共にするパルスのような律動なのだろう。
誰かれの見境なしに吠える犬あれもある種の障碍者なるか 蝶人