遥かな昔、遠い所で 第96回
仕事柄何度も何度も帝国ホテルに通ったのだが、彼女はその都度「ボンジュール!」といいながら、自分の頬を私の頬に左右2度に亘ってくっつけ、そのたびに明後日の方を向いて、チュッと唇を鳴らすのだった。
フランス人が、親しい友人との間で交わす「ビズ(la Bise)」、すなわち“社交的なキス”である。
はじめのうちは大いに戸惑い、右から来るのか左から来るのか、と緊張しまくったが、だんだん数を重ねて慣れてくると、その時のテキの出方で、なんとなく分かるようになり、彼女の頬の柔らかさと淡いあえかな香水の匂いにうっとりしている自分が恥ずかしくなる瞬間も、偶にはありましたね。
何事につけても自然体で、あるがままに振る舞う彼女なので、格別セクスイーとは感じないのだが、何度も何度もビズを繰り返しているうちに、これはもしかするとベゼbaiserではないかという勘違いに陥る人も、いるに違いありません。
私はそういうニッポン人だけにはなりたくないなあと思っていると、バーキン様が喫茶レシートを見ながら、何度も「ヴウワーキン」と発音しながら、ミック・ジャガーそっくりの顔をして、私を横目で見て、激しく首を振っています。
彼女の名前はBirkinなのに、私が間違えて帝国ホテルのレシートにVirkinとサインしていたことを、いま知ったのです。
優勝は出来ずとも地元で愛されて野球を楽しめ大谷翔平 蝶人