尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ブラック・サンデー」

2012年06月11日 20時40分23秒 |  〃  (旧作外国映画)
 「ブラック・サンデー」という映画を見たので紹介。これは「午前十時の映画祭」の一本である。今年で3年目、昔の名画を午前10時から上映するという企画だけど、10時始まりではなかなか行けるものではない。そこで複数回上映を行っているところがいくつかあり、特に東京・日比谷のTOHOシネマズみゆき座、大阪のTOHOシネマズ梅田では、終日上映をしている。もっとも一週間替わりだから、注意していないといつのまにか終わっていることになる。(「ブラック・サンデー」はみゆき座で、今週金曜まで。一日4回上映。他の劇場での上映は別の日程。)

 さて、「午前十時の映画祭」のキャッチコピーは「何度見てもすごい50本」だけど、この「ブラック・サンデー」だけは、このコピーが当てはまらない。実は「未公開作品」なのである。だからこのラインナップが発表されたときから、僕は是非見たいものだと思ってきた。「未公開」というより、正確には「公開中止」である。1977年夏の公開直前に「爆破予告電話」があって、公開が中止されたのである。この映画はパレスティナ・ゲリラのテロ組織「黒い九月」がアメリカでテロ攻撃を行うという筋立てなので、政治が絡んではいる。当時は75年のクアラルンプール事件、77年9月にはダッカ事件など、日本赤軍による大使館占拠やハイジャック事件が起きていた頃なので、映画会社は万一を恐れて公開を中止してしまったのだ。しかし、国内で反対運動があったわけでもなく、映画も単なる娯楽作品なんだから、「イタズラ電話」なのではないかと僕は当時から思っている。「すごく面白い」「よく出来たエンターテインメント」という評判は、試写会などを通して聞こえて来ていた。だから、まあ見てみたいなと思っていたけど、見られなくなったのでずっと残念に思ってきた。

 ところで、この映画の原作はこれが第一作目のトマス・ハリス。これがまた伝説である。名前を見てもミステリーファンじゃないと判らないかもしれないが、製作当時は無名の新人作家で、原作者には全然興行価値はなかったのである。1940年生まれのトマス・ハリス、作家としてたった5つの作品しか発表していない。次の作品は「レッド・ドラゴン」だが、そこで創造したキャラクターがハンニバル・レクターなのである。次の大傑作「羊たちの沈黙」が大評判になり映画としても大成功した。以後「ハンニバル」「ハンニバル・ライジング」とハンニバルシリーズを書いてきた。ということで、あのトマス・ハリスのただ一つのハンニバル以外の作品、という価値が出てきたわけである。(原作は新潮文庫で刊行され、一時なくなったが現在は復刊されている。)

 映画の主役は、ロバート・ショー、ブルース・ダーンという、まあ主演大スターではない。だから新人作家の映画化で、そんな超大作として期待されて作られたわけではない。パレスティナ・ゲリラとヴェトナム帰還兵(捕虜になった経験があり祖国に不満がある)が結びつくという発想もムチャ。イスラエル側の責任者(モサド?)が、女につい情けを掛けてしまう冒頭も不自然。全く無理な筋立てなんだけど、スーパーボウル(アメリカンフットボールの最高峰を決める決勝戦で、アメリカ最大のスポーツイヴェント)を襲撃するという(どうやって?)という、とてつもない発想が見せる。終盤はかなり手に汗握る盛り上がりとなる。テロを扱った政治的サスペンスのアクション映画として、まずは見応えあり。(ただ、当時は「パニック映画」とよく呼ばれていたが、後に作られる「ダイ・ハード」「スピード」「タイタニック」などをすでに知っている我々としては、多少展開が遅かったり、対応に疑問を感じたりするところもある。2001.9.11でアメリカは大きく変わってしまったわけで、昔はこんな遅い対応だったのかという感じもある。イスラエル側の対応も、「ミュンヘン」なんかを見てしまうと…。)

 監督はジョン・フランケンハイマー(1930~2002)。60年代アメリカでは、アーサー・ペン(「俺たちに明日はない」)やマイク・ニコルズ(「卒業」)などとともに若手監督として期待されていた。「終身犯」「影なき狙撃者」「五月の七日間」など、政治的背景のあるサスペンス・アクションによく起用され得意としていた。75年には「フレンチ・コネクション2」を監督している。代表作はマラマッド原作の「フィクサー」(1968)。後にイタリアの「赤い旅団」を描く「イヤー・オブ・ザ・ガン」も作っている。手慣れたアクション描写で飽きさせない手腕は、職人監督の技である。

 「黒い九月」は、当時を知ってる人には耳慣れた実在のテロ組織で、ミュンヘン五輪のイスラエル選手団襲撃事件で有名。名前は1970年のヨルダン内戦から付けられている。当時ヨルダン内にあったPLOやPFLPの活動が過激化して、ヨルダンのフセイン国王の統制が及ばなくなり、ヨルダン政府は1970年9月に大弾圧に踏み切った。多くのメンバーが殺されたPLOの主流派ファタハの秘密組織が「黒い九月」で、名前でわかるようにイスラエルだけでなく、アラブ内の親米保守派のヨルダンやサウジの王政も襲撃対象とした。ヨルダンにいられなくなったPLOはベイルートに移動し、イスラエルの侵攻作戦でチュニジアのチュニスにさらに移動することになる。そういう実在の有名テロ組織だけど、この映画(原作)では「名前を使われた」と言った程度の存在で、リアリティはあんまりない感じ。
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