尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「道-白磁の人-」

2012年06月13日 21時57分10秒 | 映画 (新作日本映画)
 浅川巧の生涯を描いた「道-白磁の人-」と言う映画が公開中。なかなかの感動作で、近代日本と朝鮮の歴史を扱っているから、多くの人に見て欲しいなと思って紹介する。


 浅川巧(あさかわ・たくみ 1891~1931)と言っても、まだまだ知らない人が多いと思う。植民地下の朝鮮で、林業試験場に勤務しながら、おとしめられていた朝鮮美術の美にめざめ、陶磁器などの収集、研究をした人。朝鮮語を学び、朝鮮の服を着て、日本の朝鮮統治に批判的な姿勢を表した人でもある。「民藝」の発見者として名高い柳宗悦に協力して、「朝鮮民族美術館」を開くのに力をつくした。柳宗悦は三一独立運動(1919年)に対する日本の弾圧を批判し、当時「朝鮮人を想う」という一文を発表した。そのことは、70年代に広く取り上げられたが、浅川巧のことは1982年に高崎宗治さんの「朝鮮の土になった日本人」で初めて広く知られたと思う。

 浅川巧が朝鮮に渡ったのは、兄の浅川伯教(のりたか 1884-1964)が先に行って教師をしていたからである。朝鮮陶磁器の美も、先に伯教が見出していた。兄弟は協力して収集に力をつくし、その業績は昨年、千葉市美術館で「浅川巧生誕120年記念 浅川伯教・巧兄弟の心と眼―朝鮮時代の美」で紹介された。展覧会は終了しているが、ホームページで見ることができる。実はこの展覧会は僕も行ったのだが、正直言って「焼き物の世界はわからない」という感想だったのでここでは書かなかった。映画は江宮隆之「道-白磁の人」(河出文庫)と言う小説の映画化。

 この映画のかなりの部分は、「林業家としての浅川巧」を描いている。最初に朝鮮の木がない山を見て「ロシアや清国の侵略で、木が切られた」と教えられる。実際に山を歩く中で、「日本が共有地の山を国有地にして切ってしまった」と聞かされる。日本にいたときから根っからの植物好きだった巧は、仕事を通して朝鮮の山を緑にすることを夢見る。どの木が、どうやって発芽して根付くか、辛抱強く実験を重ね、朝鮮に風土にあった植林を実現していく。そうか、浅川巧は「木を植えた男」だったのか。「木を植えた男」というのは、フランスのジャン・ジオノの小説をフレデリック・バックがアニメ化して有名になった。あれは実話ではなく小説なんだけど、浅川巧は実際にいた「木を植えた男」だったのだ。そういうエコロジー映画というのが、この映画の一つの視点。

 一方、植民地の朝鮮で、日本人と朝鮮人は判りあえるかという重いテーマもこの映画にはある。今は韓国も民主化され、韓流ブームが起きる時代になったわけだけど、80年代頃までは韓国に関心を持つ日本人にとって「判りあえるか」という問いが常にあった。「韓国は面白い」などと言った接近法は、なんだか批判されるような風潮があった。それは日本と朝鮮(韓国)というより、「支配する(した)もの」と「支配される(された)もの」は判りあえるか、という問題である。浅川巧も、この映画の中で、支配者である日本人は朝鮮を理解することはできない、と問われる。しかし、巧は支配される側の言語を学び、支配される側の服装を身にまとう。「できることをする抵抗」か、「良心的日本人のポーズ」か。しかし、住んでいる土地の「現地人の言葉」を理解しようとするのは、本来は好奇心のある人間にとって自然なことである。「人間にとって自然な好奇心や同情心」を普通に発揮しただけのことなのだと思う。

 でも、それは「支配-被支配」の網の目の中に生きている植民地の日本人にとって、「おかしな生き方」だった。だから、浅川巧は「支配者の世界から降りて行った人生」を生き、「あっち側にいっちゃった人」になったわけである。同時代的には「変人」である。この、「同時代の人からは変人と思われる生き方」というのが大事なのだと思う。これは、植民地時代の朝鮮だけの話ではない。会社でも学校でも、どんな世界でも、「少数派として生きる」とはどういうことか、という話なのである。ただし、「こっち側の世界を出ていく」のはいいけど、「あっち側でも受け入れられない」で、思いが宙に浮いてしまうこともありうる。巧の場合はどうだったろうか。いろいろな見方はあると思うけど、とりあえずそれは映画で確認を。

 僕は浅川兄弟の強い所は、「美」に対する自分の見方を信じていたことが大きいと思う。「文化」こそが民族友好の基礎になるもので、美しい白磁の壺を作った朝鮮の美への敬愛を失うことがなかったから、その立つところが揺るがなかったのだと思う。

 高橋伴明監督が手堅く演出している。日韓で撮影されている。吉沢悠、ペ・スビン主演。柳宗悦役は塩谷瞬、チョイ役で市川亀治郎(今はもう猿之助)も出ている。母親役を手塚理美がやっていて、朝鮮人への偏見を持つ年長の日本人をうまく演じている。一方、独立運動に加わる朝鮮人も出てきて、その複眼的な世界がなかなかよく出来てる。浅川巧がちょうど満州事変直前になくなるので、皇民化運動の激しい頃は出てこないが、「併合」4年目から三一独立運動、関東大震災など当時の歴史の流れも判るようにできている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする