尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「サニー 永遠の仲間たち」

2012年06月16日 23時21分06秒 |  〃  (新作外国映画)
 韓国映画「サニー 永遠の仲間たち」。これは「感涙必死の女子会映画」だった。1986年の韓国で、女子高の7人組「サニー」の仲間たちがいた。「永遠の友情」を誓って卒業したものの、その後会う機会がなかった。最近、イム・ナミ(画家を目指していたが、今は主婦として夫と高校生の一人娘と暮らしている)の母親が入院して面会に行くと、かつて「サニー」のリーダーだったハ・チュナが末期ガンで入院しているではないか。彼女の最後の願いは、あの頃のメンバーにもう一回会いたいということだった。イム・ナミは母校を訪ね、かつての担任に会うと、最近保険の勧誘に来たメンバー、キム・チャンミを教えてもらう。二人が中心になって、残りの5人を探していくと…。

 あとはエンターテイメントのお約束に従って映画が進行する。高校時代と現在、現役の女子高生である娘のようすが、描き分けられていく。現在を調べて行くと、夫婦仲に悩んでいたり、作家になるはずが姑との関係で悩んでいたり、ミス・コリアになってるはずが思わぬ不幸が襲っていたり…。でも、どうしても一人だけ見つからない。それが当時からモデルをしていた美女のチョン・スジ。昔に戻ると、そのスジこそはイム・ナミとは不思議な因縁があるのだった。元々全羅道からの転校生だったイム・ナミは、最初はソウルの女子高生に圧倒され、方言をバカにされ、いかにもダサい。それをかばって仲間に入れてくれたのが、リーダーのハ・チュナだったが、何故かスジはナミを仲間に入れるのを喜ばない。何が理由なんだろうか。クラスの別グループに因縁を付けられた時、たまたま居合わせたのは、一人でタバコを吸いに来ていたスジではないか…。

 ということで、昔の場面は全く「スケバン映画」のパロディである。韓国でもこうだったのか。女子のグループの意地悪や敵対心、お昼の食堂(食堂があるのだ)でのやり取り、恋愛へのあこがれ、みな懐かしい音楽とともに楽しく描かれている。違う国で、性別も違うけど、懐かしい。でも反政府デモを前にして、女子高生どうしの乱闘がパロディで描かれる場面などを見ると、「韓国でも民主化運動は歴史になったんだなあ」と感慨深かった。

 これが「86年の韓国」を描いている意味は、簡単に解説しておきたい。韓国では長く軍事独裁政権が続いていた。パク・チョンヒ大統領が1979年に情報部長に暗殺されたあと、80年に「ソウルの春」と呼ばれた時代があったが、チョン・ドゥファン将軍のクーデターで逆戻り。そのような自由なき時代に、イム・ナミの父親は軍事政権から仕事をもらいソウルに出てきた。一方、兄は労働運動に参加し、政権打倒を目指している。1986年6月の学生、市民の大規模な反政府デモにより、ついに政府は大統領直選制(大統領を国民の選挙で直接選ぶ)を実施し、民主化すると約束せざるを得なくなった。そういう、韓国民主化運動の一番の画期が1986年。去年のエジプトのタハリール広場みたいなことが、25年前の韓国で起こっていたわけである。この年は「88」(パルパル=88年ソウル五輪)の2年前だった。だから、韓国人にとって、一番輝いていた「サニー」の時期そのものであり、それがあってこそ韓国で大ヒットしたんだと思う。

 「サニー」というのは、元はドイツのディスコ音楽だということだけど、昔みんなで文化祭で踊ろうと練習していた。ある事件で、それができなくなったままになったが、今回皆で集まって「サニー」を踊ろうという、最後はダンス映画。その文化祭をみても、同じだったり違っていたりする。キリスト教系女子高で制服もないみたい。日本の高校と比べると面白い。でも、やっぱり「学校」という空間の懐かしさが画面いっぱいにあふれてる。じゃあ何で卒業後に会わないのかと思うけど、まあインターネットとか携帯電話がなかった頃はそんなものなんだよね。大学も大変だし。それと韓国では「整形手術」をするかどうかという問題も女性の大問題らしい。娘のようすを見ると、現在の高校も大変。でも、最後はおとぎ話で終わる感じだなあ。

 ということで、韓国の女子高生リユニオン映画で、大人が見れば絶対泣ける。僕は外国でリメイクするのはあんまり賛成ではないんだけど、この映画に関しては、なんだか各国でリメイクしてもいいような…。登場人物たちが、ピンク・レディやキャンディーズを踊るのも見てみたい。日本人向けヴァージョンもどこかで作って。
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