直木賞受賞作の映画化作品を振り返ってみる。単なる映画史の好事家的な話。直木賞受賞作家については、前に「僕の好きな直木賞作家」を書いた。僕の好きな作家はほとんど映画になっていない。栄えある第一回直木賞受賞作家は、川口松太郎。母もの女優として知られた三益愛子と結婚して、子どもの川口浩らも俳優となった人。だから、映画化作品も多いし、本人も大映の重役を務めた。
第一回受賞作は「鶴八鶴次郎」「深川風流唄」「明治一代女」と3作品に与えられ、全部映画化された。一番有名なのは成瀬巳喜男監督の「鶴八鶴次郎」(1938)だろう。長谷川一夫、山田五十鈴の芸道もので、戦後にリメイクされているが、僕は成瀬作品しか見てない。「明治一代女」(1955)は伊藤大輔監督作品。案外の拾い物は、山村聰が監督した「風流深川唄」(1960)で、美空ひばり、鶴田浩二主演。日本の「卒業」と言えるような、ちょっとビックリの快作。
その後は戦前、戦中期に海音寺潮五郎、井伏鱒二、村上元三、山本周五郎など、後に映画、テレビなどでたくさん映像化された作家が受賞しているが、受賞作の映画化はないのではないか。あったのかもしれないが、少なくとも映画史上で有名な作品はない。井伏鱒二はどちらかといえば純文学系だが、「ジョン萬次郎漂流記」では当時は映画化は難しかったのか。戦後になると「本日休診」「集金旅行」「駅前旅館」「黒い雨」など多数の名作映画の原作がある。
戦後になっても流れは変わらず、源氏鶏太、柴田錬三郎、藤原審璽などぼう大な映画原作を提供した作家たちも、受賞作は映画になってないと思う。二・二六事件を扱った立野信之「叛乱」(1952)が1954年に佐分利信(途中で病気降板して阿部豊に交代)によって映画化されている。その後の映画としては、梅崎春生「ボロ屋の春秋」が中村登監督、今東光「お吟さま」が田中絹代監督(後に熊井啓がリメイク)、山崎豊子「花のれん」が豊田四郎監督、城山三郎「総会屋錦城」が島耕二監督、黒岩重吾「背徳のメス」が野村芳太郎監督で、それぞれ映画化されている。ベストテンに入選するほどの映画ではないが今見ると案外面白い。
60年代初期では、川島雄三が監督した水上勉「雁の寺」(1962)の映画化がいい。若尾文子を囲う禅寺の住職三島雅夫とのからみがすごい。もっとも水上勉(ちなみに、読みは「みずかみ」)原作映画は「飢餓海峡」「五番町夕霧楼」「湖の琴」「越前竹人形」「越後つついし親不知」「あかね雲」「はなれ瞽女おりん」などなど傑作がいっぱいある。「雁の寺」が傑出しているとは言えないが、原作者の若い頃の苦労が反映されている意味では貴重だ。一方、山口瞳原作の飄逸味を巧みにエッセイ映画にしたのが、岡本喜八「江分利満氏の優雅な生活」(1963)で、60年代初期のサラリーマン生活の証言としても貴重。岡本監督の軽いタッチが効いている。59年の司馬遼太郎の受賞作「梟の城」は、工藤栄一(1963)と篠田正浩(1999)と2回映画化されている。
(「雁の寺」)
60年代後期から70年代では、野坂昭如「火垂るの墓」がアニメや実写映画になっていて一番有名。誰でも知っている作品だから、特に書かない。生島治郎「追いつめる」も舛田利雄監督で映画化されている。結城昌司「軍旗はためくもとに」は原作はあまり大衆性がないが、深作欣二の演出、左幸子の演技で戦争責任を鋭く問う戦後屈指の戦争映画の傑作となった。映画の方がいい。74年の藤本義一「鬼の詩」は村野鐵太郎監督がATGで映画化した。上方の破滅型落語家を描いて、映像だと小説以上に凄惨な感じがして好きになれなかった。
75年の佐木隆三「復讐するは我にあり」(1975)は、新日鉄出身の労働作家から犯罪小説家になった記念碑的傑作だ。それを今村昌平が1979年に映画化。日本映画学校の運営に没頭していた今村の久方ぶりの映画だが、ものすごい傑作で驚いた。緒形拳の主人公もいいが、犯罪者の父を演じた三國連太郎もすごい。小説も面白いが、映像にしてこれほどの迫力が出るのかという好例だろう。
(「復讐するは我にあり」)
三好京三「子育てごっこ」は今井正が映画化した。宮尾登美子、向田邦子らあれほどたくさん映画化された作家も受賞作は映画化されていない。80年代に入って、つかこうへい「蒲田行進曲」を深作欣二が映画化してベストワンになった。1982年の村松友視「時代屋の女房」は1973年に森崎東監督で映画化。夏目雅子がいい。ミステリ作家として再評価著しい連城三紀彦は84年に「恋文」で受賞。神代辰巳が映画化して、倍賞美津子がキネ旬、毎日映コン、日本アカデミー賞と女優賞独占の評価を受けた。
90年代になると、芦原すなお「青春デンデケデケデケ」が、すぐに大林宣彦によって映画化された。四国の高校生の音楽青春記でとても面白くて、素晴らしい。こういうのも小説だと音がないから、映画にした方が効果的である題材だろう。大林作品でも好きな映画である。93年の高村薫「マークスの山」は崔洋一が映画化、まあ事前に心配したたよりは面白かった。97年の浅田次郎「鉄道員」(ぽっぽや)は高倉健主演で有名なので、触れない。宮部みゆき「理由」も大林宣彦が映画化しているが、上映機会が少なく見ていない人もいるだろう。原作を巧みにまとめているが、僕は原作自体があまり面白くなく、映画も同じ。なかにし礼「長崎ぶらぶら節」は、深町幸男監督で映画化。吉永小百合が土俵入りするシーンがあった。乃南アサ「凍える牙」は韓国で映画化されたけど、見ていない。
20世紀終わりの直木賞から、キネ旬ベストワン映画が2作作られた。車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」(98)は荒戸源次郎監督で映画化(2003)されたけど、寺島しのぶがあまりにも凄くて、映像化したことの力を痛感した。金城一紀「GO」は行定勲監督が映画化して、ベストワンになっている。在日韓国人家庭を描くが、山崎努、大竹しのぶの父母というのはなあ。うまいけど、どういう人か知り過ぎている。主人公の若者は、窪塚洋介、柴崎コウだった。僕は1位と思わなかったけど、今見直すとどうなんだろうか。その後は大体前回書いたが、大森立嗣監督による「まほろ駅前多田便利軒」がシリーズ化されている。これはこれで、松田龍平、瑛太のコンビに慣れてしまえば、原作もそういう目で読めてしまうから違和感もすくなくなるか。僕は最初に見た時は原作の感触との違和感もあったのだが。
(「赤目四十八滝心中未遂」)
さて、こうしてただ並べているだけで長くなってしまったけど、あえて順位をつければ、①復讐するは我にあり②軍旗はためく下に③赤目四十八瀧心中未遂④私の男⑤青春デンデケデケデケ、がベスト5かな。次点が「蒲田行進曲」「雁の寺」「恋文」あたり。
第一回受賞作は「鶴八鶴次郎」「深川風流唄」「明治一代女」と3作品に与えられ、全部映画化された。一番有名なのは成瀬巳喜男監督の「鶴八鶴次郎」(1938)だろう。長谷川一夫、山田五十鈴の芸道もので、戦後にリメイクされているが、僕は成瀬作品しか見てない。「明治一代女」(1955)は伊藤大輔監督作品。案外の拾い物は、山村聰が監督した「風流深川唄」(1960)で、美空ひばり、鶴田浩二主演。日本の「卒業」と言えるような、ちょっとビックリの快作。
その後は戦前、戦中期に海音寺潮五郎、井伏鱒二、村上元三、山本周五郎など、後に映画、テレビなどでたくさん映像化された作家が受賞しているが、受賞作の映画化はないのではないか。あったのかもしれないが、少なくとも映画史上で有名な作品はない。井伏鱒二はどちらかといえば純文学系だが、「ジョン萬次郎漂流記」では当時は映画化は難しかったのか。戦後になると「本日休診」「集金旅行」「駅前旅館」「黒い雨」など多数の名作映画の原作がある。
戦後になっても流れは変わらず、源氏鶏太、柴田錬三郎、藤原審璽などぼう大な映画原作を提供した作家たちも、受賞作は映画になってないと思う。二・二六事件を扱った立野信之「叛乱」(1952)が1954年に佐分利信(途中で病気降板して阿部豊に交代)によって映画化されている。その後の映画としては、梅崎春生「ボロ屋の春秋」が中村登監督、今東光「お吟さま」が田中絹代監督(後に熊井啓がリメイク)、山崎豊子「花のれん」が豊田四郎監督、城山三郎「総会屋錦城」が島耕二監督、黒岩重吾「背徳のメス」が野村芳太郎監督で、それぞれ映画化されている。ベストテンに入選するほどの映画ではないが今見ると案外面白い。
60年代初期では、川島雄三が監督した水上勉「雁の寺」(1962)の映画化がいい。若尾文子を囲う禅寺の住職三島雅夫とのからみがすごい。もっとも水上勉(ちなみに、読みは「みずかみ」)原作映画は「飢餓海峡」「五番町夕霧楼」「湖の琴」「越前竹人形」「越後つついし親不知」「あかね雲」「はなれ瞽女おりん」などなど傑作がいっぱいある。「雁の寺」が傑出しているとは言えないが、原作者の若い頃の苦労が反映されている意味では貴重だ。一方、山口瞳原作の飄逸味を巧みにエッセイ映画にしたのが、岡本喜八「江分利満氏の優雅な生活」(1963)で、60年代初期のサラリーマン生活の証言としても貴重。岡本監督の軽いタッチが効いている。59年の司馬遼太郎の受賞作「梟の城」は、工藤栄一(1963)と篠田正浩(1999)と2回映画化されている。
(「雁の寺」)
60年代後期から70年代では、野坂昭如「火垂るの墓」がアニメや実写映画になっていて一番有名。誰でも知っている作品だから、特に書かない。生島治郎「追いつめる」も舛田利雄監督で映画化されている。結城昌司「軍旗はためくもとに」は原作はあまり大衆性がないが、深作欣二の演出、左幸子の演技で戦争責任を鋭く問う戦後屈指の戦争映画の傑作となった。映画の方がいい。74年の藤本義一「鬼の詩」は村野鐵太郎監督がATGで映画化した。上方の破滅型落語家を描いて、映像だと小説以上に凄惨な感じがして好きになれなかった。
75年の佐木隆三「復讐するは我にあり」(1975)は、新日鉄出身の労働作家から犯罪小説家になった記念碑的傑作だ。それを今村昌平が1979年に映画化。日本映画学校の運営に没頭していた今村の久方ぶりの映画だが、ものすごい傑作で驚いた。緒形拳の主人公もいいが、犯罪者の父を演じた三國連太郎もすごい。小説も面白いが、映像にしてこれほどの迫力が出るのかという好例だろう。
(「復讐するは我にあり」)
三好京三「子育てごっこ」は今井正が映画化した。宮尾登美子、向田邦子らあれほどたくさん映画化された作家も受賞作は映画化されていない。80年代に入って、つかこうへい「蒲田行進曲」を深作欣二が映画化してベストワンになった。1982年の村松友視「時代屋の女房」は1973年に森崎東監督で映画化。夏目雅子がいい。ミステリ作家として再評価著しい連城三紀彦は84年に「恋文」で受賞。神代辰巳が映画化して、倍賞美津子がキネ旬、毎日映コン、日本アカデミー賞と女優賞独占の評価を受けた。
90年代になると、芦原すなお「青春デンデケデケデケ」が、すぐに大林宣彦によって映画化された。四国の高校生の音楽青春記でとても面白くて、素晴らしい。こういうのも小説だと音がないから、映画にした方が効果的である題材だろう。大林作品でも好きな映画である。93年の高村薫「マークスの山」は崔洋一が映画化、まあ事前に心配したたよりは面白かった。97年の浅田次郎「鉄道員」(ぽっぽや)は高倉健主演で有名なので、触れない。宮部みゆき「理由」も大林宣彦が映画化しているが、上映機会が少なく見ていない人もいるだろう。原作を巧みにまとめているが、僕は原作自体があまり面白くなく、映画も同じ。なかにし礼「長崎ぶらぶら節」は、深町幸男監督で映画化。吉永小百合が土俵入りするシーンがあった。乃南アサ「凍える牙」は韓国で映画化されたけど、見ていない。
20世紀終わりの直木賞から、キネ旬ベストワン映画が2作作られた。車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」(98)は荒戸源次郎監督で映画化(2003)されたけど、寺島しのぶがあまりにも凄くて、映像化したことの力を痛感した。金城一紀「GO」は行定勲監督が映画化して、ベストワンになっている。在日韓国人家庭を描くが、山崎努、大竹しのぶの父母というのはなあ。うまいけど、どういう人か知り過ぎている。主人公の若者は、窪塚洋介、柴崎コウだった。僕は1位と思わなかったけど、今見直すとどうなんだろうか。その後は大体前回書いたが、大森立嗣監督による「まほろ駅前多田便利軒」がシリーズ化されている。これはこれで、松田龍平、瑛太のコンビに慣れてしまえば、原作もそういう目で読めてしまうから違和感もすくなくなるか。僕は最初に見た時は原作の感触との違和感もあったのだが。
(「赤目四十八滝心中未遂」)
さて、こうしてただ並べているだけで長くなってしまったけど、あえて順位をつければ、①復讐するは我にあり②軍旗はためく下に③赤目四十八瀧心中未遂④私の男⑤青春デンデケデケデケ、がベスト5かな。次点が「蒲田行進曲」「雁の寺」「恋文」あたり。