武正晴監督、安藤サクラ主演の映画「百円の恋」は安藤サクラの演技が例によって凄くて圧倒された。「格差社会」を真正面から描く「痛い」佳作だ。2014年のキネマ旬報ベストテン8位選出。安藤サクラは「0.5ミリ」という大傑作もあり、昨年度の主演女優賞を贈りたい。(「0.5ミリ」は東京では渋谷ユーロスペースで、24日から2週間ほど再映される。)
この映画は第一回松田優作賞のグランプリを獲得した足立紳の脚本の映画化だが、足立氏はアマチュアではなく、調べると今までにも映画化作品がある。松田優作賞というのは、出身地の山口県の周南映画祭で新設された賞だという。最近の日本映画は、小説やコミック、またはテレビドラマの映画化ばかりが多い。こういうオリジナル脚本が少なくなっている。資金を回収するためには、映画になる前から有名な原作の映画化が有利だろうが、今の日本のリアルを映像化するためにはオリジナルシナリオを書ける人材が絶対に必要である。その意味でも、この映画は注目すべき作品だ。
山下敦弘監督の「もらとりあむタマ子」の前田敦子も、大学を出ながら実家でぼうっと暮らしているグダグダぶりが良かったけれど、今度の安藤サクラが演じる斎藤一子(いちこ)の方は、30を過ぎながら弁当店の実家を手伝いもせず、離婚して戻ってきた妹の息子とテレビゲームばかりしている。はっきり言って、タマ子よりもひどい。ついには妹二三子(ふみこ=早織)と映画史に残りそうな壮絶家庭内バトルをしたあげく、家から出ていけとなる。女30にして初めての一人暮らしで、もしかしたら初のアルバイトに挑まざるを得なくなり、近くのコンビニ店に面接に行く。このコンビニは「百円生活」という名前だから笑わせる。こうして、自分でも「百円程度の女」と自称する一子の自活生活が始まるのである。
このコンビニをめぐる奇人変人たちの描写から、日本社会の底辺のこわれ方が判ってくる。そしてコンビニへの道にあるボクシングジムを見ているうちに、なんとなく狩野(新井浩文)というボクサーと知り合いになる。この男はコンビニにバナナばかり買いに来て、店員から「バナナマン」とあだ名されていた男だった。こうして、「バイトと男」という今までの人生になかったアイテムが一子の人生に登場してきたわけだけど…。これでうまくいくなら映画はいらない。もちろんダメダメ人生は続くわけだが、ここで一子、一念発起してかのボクシングジムに入門してしまうのである。いかにも下手、いかにもぜい肉女子だった一子、果たして続くか。これが存外続くんだけど、そもそもプロボクサーは32歳までで、一子はその32歳で入門してきたのである。こうして失うもののないボクシング練習が始まっていく。
このように映画の後半は、ボクシング映画になっている。しかし、今までに一度も見たことがないボクシング映画である。ボクシング映画というのは、大体が恵まれない家庭に育ってチャンピオンを目指すか、一度失墜したボクサーが誇りを取り戻すために復帰を目指すというのが定番。そこにひと癖ある過去のチャンピオンがトレーナーをしたり、八百長話がからんだり…。「チャンピオン」、「レイジング・ブル」、「ロッキー」、「ザ・ファイター」、「シンデレラマン」、「ボクサー」(初の黒人チャンピオンを描くマーティン・リット監督作品)などなどのアメリカ映画、あるいは、阪本順治「どついたるねん」、寺山修司「ボクサー」などなど日本映画でも大体そういう話である。そもそも女性ボクサーの話は、クリント・イーストウッド「ミリオンダラー・ベイビー」しか思い浮かばない。ところが、この映画はそういうヒーロー(ヒロイン)ものではなく、もっと下のボクサー、まあプロではあるんだけど、人生で一度試合ができるかどうかの弱っちい女子ボクサーなんである。だから、今まで以上に熱いし、今まで以上に痛い。リアルなボクシング映画であり、どこまでやれるかホントにドキドキする。そして…でも、また日常が戻ってくるんだろうけど、家族もみな応援に来てくれて、も少し生きやすくなっていくのかもしれないなあ。そんな「百円女子」の物語。痛くて熱い。
この映画は第一回松田優作賞のグランプリを獲得した足立紳の脚本の映画化だが、足立氏はアマチュアではなく、調べると今までにも映画化作品がある。松田優作賞というのは、出身地の山口県の周南映画祭で新設された賞だという。最近の日本映画は、小説やコミック、またはテレビドラマの映画化ばかりが多い。こういうオリジナル脚本が少なくなっている。資金を回収するためには、映画になる前から有名な原作の映画化が有利だろうが、今の日本のリアルを映像化するためにはオリジナルシナリオを書ける人材が絶対に必要である。その意味でも、この映画は注目すべき作品だ。
山下敦弘監督の「もらとりあむタマ子」の前田敦子も、大学を出ながら実家でぼうっと暮らしているグダグダぶりが良かったけれど、今度の安藤サクラが演じる斎藤一子(いちこ)の方は、30を過ぎながら弁当店の実家を手伝いもせず、離婚して戻ってきた妹の息子とテレビゲームばかりしている。はっきり言って、タマ子よりもひどい。ついには妹二三子(ふみこ=早織)と映画史に残りそうな壮絶家庭内バトルをしたあげく、家から出ていけとなる。女30にして初めての一人暮らしで、もしかしたら初のアルバイトに挑まざるを得なくなり、近くのコンビニ店に面接に行く。このコンビニは「百円生活」という名前だから笑わせる。こうして、自分でも「百円程度の女」と自称する一子の自活生活が始まるのである。
このコンビニをめぐる奇人変人たちの描写から、日本社会の底辺のこわれ方が判ってくる。そしてコンビニへの道にあるボクシングジムを見ているうちに、なんとなく狩野(新井浩文)というボクサーと知り合いになる。この男はコンビニにバナナばかり買いに来て、店員から「バナナマン」とあだ名されていた男だった。こうして、「バイトと男」という今までの人生になかったアイテムが一子の人生に登場してきたわけだけど…。これでうまくいくなら映画はいらない。もちろんダメダメ人生は続くわけだが、ここで一子、一念発起してかのボクシングジムに入門してしまうのである。いかにも下手、いかにもぜい肉女子だった一子、果たして続くか。これが存外続くんだけど、そもそもプロボクサーは32歳までで、一子はその32歳で入門してきたのである。こうして失うもののないボクシング練習が始まっていく。
このように映画の後半は、ボクシング映画になっている。しかし、今までに一度も見たことがないボクシング映画である。ボクシング映画というのは、大体が恵まれない家庭に育ってチャンピオンを目指すか、一度失墜したボクサーが誇りを取り戻すために復帰を目指すというのが定番。そこにひと癖ある過去のチャンピオンがトレーナーをしたり、八百長話がからんだり…。「チャンピオン」、「レイジング・ブル」、「ロッキー」、「ザ・ファイター」、「シンデレラマン」、「ボクサー」(初の黒人チャンピオンを描くマーティン・リット監督作品)などなどのアメリカ映画、あるいは、阪本順治「どついたるねん」、寺山修司「ボクサー」などなど日本映画でも大体そういう話である。そもそも女性ボクサーの話は、クリント・イーストウッド「ミリオンダラー・ベイビー」しか思い浮かばない。ところが、この映画はそういうヒーロー(ヒロイン)ものではなく、もっと下のボクサー、まあプロではあるんだけど、人生で一度試合ができるかどうかの弱っちい女子ボクサーなんである。だから、今まで以上に熱いし、今まで以上に痛い。リアルなボクシング映画であり、どこまでやれるかホントにドキドキする。そして…でも、また日常が戻ってくるんだろうけど、家族もみな応援に来てくれて、も少し生きやすくなっていくのかもしれないなあ。そんな「百円女子」の物語。痛くて熱い。