尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「イスラム国」と「アル・カイダ」-IS問題①

2015年02月15日 23時33分14秒 |  〃  (国際問題)
 いわゆる「イスラム国」をどう考えるべきなのか。これは大問題だから、書いておきたいと思うけど、細かいことを書きだすとキリがない。「中東」の歴史、宗教と政治と人間の問題など、非常に大きなことは後に回して、とりあえず時事的な関心で数回書いておきたい。むろん、僕はアラビア語を理解できない。だから、直接の資料分析はできないわけで、日本人研究者が書いた日本語の本、あるいは日本の新聞やインターネットの日本語サイトで得た「二次的資料」をもとに考えた「三次的」なものしか書けない。しかし、現代世界は公表された資料によって、かなりの程度理解ができると考えている。(また、そうでなければ、本や新聞を読む意味がなくなる。)

 その意味では、まずは大きな本屋に行けば積んである2冊の新書本を読むべき。池内恵「イスラーム国の衝撃」(文春新書)と国枝昌樹「イスラム国の正体」(朝日新書)である。(池内氏は1973年生まれで、東大先端科学技術センター准教授。国枝氏は1946年生まれで、シリア大使等を務めた元外交官。退職後に書いた「シリア」(平凡社新書)は前に紹介したことがある。)どちらも、とりあえず「読んで損はない」本だと思う。当然のこととして、同じことも書かれているけど、視点が少し違うので、両方読んでもいい。事実を知るという意味で、国際問題に関心がある人はまずこの本あたりから。
 
 ところで、最近になって「イスラム国」や「アル・カイダ」が関係するとされるテロ事件が頻発している。「イスラム国」という呼称をどうするべきかという問題もあるんだけど、それは後に回して、まず現在の情勢を検討しておきたい。フランスの「シャルリ―・エブド」襲撃事件が起こったのは、1月7日だけど、昨年の12月15日にはオーストラリアのシドニーで、人質立てこもり事件事件が起きて、人質2人が死亡している。(犯人は「イスラム国」への共感があったという。)1月16日には、ベルギーでテロ組織と警察側が銃撃戦となり、テロ組織側に2人の死者が出た。また、1月29日に、リビアの首都トリポリでホテル近くで爆弾が爆発し、外国人5人を含む8人が死亡した。これは「イスラム国」系の組織が犯行声明を出している。最新のところでは、2月14日から15日にかけて、デンマークで「言論の自由」集会とシナゴーグ(ユダヤ教の教会)が襲われ、2人が死亡した。ナイジェリア北部の過激派組織「ボコ・ハラム」は相変わらず住民虐殺を続け、隣国チェドにも越境攻撃を行った。ナイジェリアでは大統領選の投票が延期される事態となっている。一体、世界はどうなってしまったんだろうか。

 この事態には、「アル・カイダ」と「イスラム国」の関係というか、正確に言えば「関係断絶」が影響しているのではないだろうか。「イスラム国」は、2014年6月29日にアブー・バクル・アル=バグダーディーが「カリフ」を名乗り、国家を樹立したと宣言した。この組織のもとをたどっていけば、「イラクのアル・カイダ」(メソポタミアのアル・カイダ)に行く着く。日本人の人質虐殺事件を起こしたザルカウィ(アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィー)の指導した組織だが、ザルカウィは2006年に米軍の空爆で死亡した。その後、「イラク・イスラム国」と名乗ったりする時期があるが、2013年ごろからシリアのアル・カイダ系組織ヌスラ戦線を下部組織と主張して、イラク、シリアを合わせた「イラクとシャームのイスラーム国」を名乗った。この「シャーム」という地名はシリアからレバノン一帯を指すとされ、「大シリア」と日本では書いたりするが、欧米では「レバント」と言われる地域である。そのため、この組織を「イラクとレバントのイスラム国」とも呼び、この英語での略称がI S I Lとなるわけである。

 イラク戦争やシリア内戦の問題は別に書くが、このようにイラクやシリアの内戦が続く間に「アル・カイダ」系の過激派組織が勢力を伸ばしてきたのである。それはともかく、ではイラクとシリアの組織は完全に合体したのかというと、それは違っている。「イスラム国」はイラクからシリアのかけての国境を「廃止」して「独自の国家」と称しているが、ヌスラ戦線の中にはシリアの反体制組織としてアサド政権打倒を優先させる考えが強い。「イラクはイラク」「シリアはシリア」とそれぞれで活動するべきだという考えである。アル・カイダは「ネットワーク型組織」でピラミッド構造ではないが、オサマ・ビンラディンが殺害された後にはエジプト人のザワヒリが指導者の地位を引き継ぎ、「イスラム過激派世界」では今も権威を持っている。ところで、ザワヒリらは「イラクの組織はイラクに専念し、シリアには介入しないように」という「裁定」を行ったらしい。ところが、「イスラム国」が樹立されたため、「イスラム国」と「ヌスラ戦線」は「内戦内内戦」の状態となった。アサド政権軍に対しては共闘する場合もあるらしいが、相互の関係は断絶したのである。

 この状態を見てみれば、「アル・カイダ」は今まで「中央本部」として中東各地に「フランチャイズ」組織を作り、運営は下部に任せるというやり方で「権威のよりどころ」となってきた。しかし、「イスラム国」がネットを使った宣伝などで注目を集め、志願兵も集まるようになると、「カリフ」を承認して「イスラム国」組織として名乗りを挙げるという選択が増えてきた。この両者の競合関係は、「敵により大きな打撃を与える」=「欧米を対象に大規模なテロを計画する」ことを競い合う状態ではないかと思われるのである。この見方が正しければ、今後も重大なテロ事件がどこで起きても不思議ではないと思わないといけない。インド、パキスタン、インドネシア、中国などの可能性もあるが、西アフリカ、東アフリカなどの危険性も高い。フランスが標的にされるのは、「近代的人権概念の祖国」であることもあるが、西アフリカでイスラム過激派に対抗して武力介入を行っていることも大きいだろう。

 「アル・カイダ」の意味付けはまた別に書きたいと思うが、いわば「純粋な国際テロ組織」として存在してきた。「破壊だけ」である。イスラム世界内で指導者を暗殺し、自分たちが「理想的なイスラム国家」を作ろうという「建設的な発想」は持たなかった。日本の右翼テロの歴史では、「一人一殺」を掲げた戦前の「血盟団」(井上準之助前蔵相、団琢磨らを暗殺した)を思わせる。一応まがりなりにも「日本改造法案」をもとに「国家改造」を唱えた北一輝らとは違うわけである。左翼革命の歴史では、トロツキーとスターリンとも言えるし、あるいはキューバ革命で工業相の地位をなげうちラテンアメリカの革命にいのちを賭けたチェ・ゲバラみたいなのが、「アル・カイダ」だと言ったら、イスラム世界での若き世代にどういう影響を与えたのかが判ると思う。しかし、そこに「イスラム国」が現れ、イスラム世界をカリフ制により統一すると宣言したのである。もっと「現実的な理想的イスラム国家」と思い込んで、こっちにひかれる人が出てくるわけだ。こういう見方でとらえれば、「イスラム国」が実際にすぐ組織を急成長させることは考えがたいとは思うけれど、とにかく「大変な事態」ということは言える。全てのイスラム世界のみならず、近代的国家概念、あるいは人権の概念を一切否定する「国家」が名乗りを挙げたということは、今後も底知れない影響を与え続け、世界の(イスラム世界に止まらない)反体制組織に影響していく恐れが強いと思う。
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