尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「さよなら歌舞伎町」

2015年02月10日 23時46分48秒 | 映画 (新作日本映画)
 廣木隆一監督「さよなら歌舞伎町」は、荒井晴彦、中野大のオリジナル脚本で、現代日本の世相を巧みに切り取った佳作だった。いろいろな設定で多くの俳優が様々なドラマを演じていて、少し偶然が過ぎる感じはあるけれど、まずは興味深く見られる作品。新宿の歌舞伎町周辺がロケされていて、時間が経つと貴重な記録性が出てくるかもしれない。新大久保周辺の在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチの様子も映されている。(現実のもの。)また、セリフの中に震災に関した設定があり、2013年冬に撮影されたと思われるが、時代を刻印した映画になっている。
 
 主演というか、一番最初にクレジットされているのは、染谷将太前田敦子。二人はカップルで同棲しているが、今までの経緯は出てこないし名前も出てこない。ホームページを見ると、染谷は高橋徹というらしい。前田敦子(だいぶ存在感のある女優になった感じ)は、ミュージシャンとしてメジャーデヴューを目指しているようだが、途中でメールの発信人として飯島沙耶という名前と判る。染谷はお台場のホテル勤務と家族にも恋人にも言っているらしいが、実際は新宿歌舞伎町の「ラブホテル」の店長である。「オレはこんなところにいるべき人間ではない」と思いながら、やる気のなさそうな同僚と仕事している。

 この映画は、そこで働く人々、また訪れる人々を描き分けていく、いわゆる「グランドホテル形式」の映画である。「ラブホテル」の映画だから、「訳あり」ばかりである。どんな訳かは、詳しく書き過ぎると見る楽しみを損なうだろうが、大体の設定はホームページにも出ている。内緒で「デリヘル」している韓国人女性ヘナとその恋人のカップル、従業員鈴木里美と一日中家にこもっている「逃亡中」の相棒、家出娘と風俗スカウトマン…。ヘナを指名する「客」も3組出てくるし、ホテルでAV撮影もある。不倫刑事も出てくる。店長の妹や恋人まで、ホテルで出会ってしまうのは、歌舞伎町の奥にはホテル街が広がっている中で「偶然過ぎる」感じが強いが、まあこのくらいしないとシナリオが映画化されないかもしれないので、まあ許容範囲か。その結果、ずいぶん様々なドラマが展開されるわけである。

 監督の廣木隆一は、脚本の荒井晴彦とは「ヴァイブレータ」「やわらかい生活」に続く3作目。94年の青春映画「800 TWO LAP RUNNERS」の印象も強いが、やはり圧倒的に「ヴァイブレータ」が突出した傑作だろう。今度の「さよなら歌舞伎町」は、登場人物が多いため、あれほどの凝縮性は求めようがない。しかし、逆に様々な断片の面白さは際立っていて、その生き生きとした描き分けはさすがのベテランぶりを発揮している。冒頭近くに、染谷・前田が自転車で新大久保のあたりを2人乗りしていて、ラストはその自転車を借り受けた従業員鈴木里美(南果歩)と同棲相手の松重豊の二人乗り。街を自転車の速度で駆け抜ける、歩くよりは速く、車よりは遅いスピードが、この映画の基本ペースという感じ。

 韓国人デリヘル嬢役のイ・ウンウ(イ・ウヌ)は、韓国映画「メビウス」に出ていた人だというが見てないので初めて。実際の韓国女優が「風俗嬢」役を見事に演じている。その恋人役はロイという韓国のアイドルグループの人だというが、この二人のカップルは非常に印象深い。南果歩の従業員役も印象的で、まあこういうのは難しいようでいて実はやりやすい役ではないかとも思うが、さすがにうまい。この映画には、様々なタイプの、様々な役柄が描かれているが、ほんのちょっとした出番で人の本質を描こうというんだから、シナリオも俳優も大変である。でも、どんな「現場」にも、「人間性」が表れ、「一隅を照らす」ということがあるらしいと信じさせる。そこが見所だと思う。

 歌舞伎町という場所は、JR新宿駅からは少し遠いが、映画館や飲食街が立ち並ぶ一大歓楽街として有名なところ。しかし、巨大映画館として知られた新宿ミラノが2014年末で閉館し、今は一つも映画館が無くなってしまった。(TOHOシネマズ新宿がもう少しすると開館する予定だが。)空襲で焼け野原になったところに、地元では歌舞伎の劇場を作ろうと構想して歌舞伎町という地名が生まれた。しかし、歌舞伎はやって来ず、風俗街的な印象が強くなってしまった。昔は映画を見に時々行ったことがあるが、最近はずいぶん行ったことがない。コリアンタウンとして有名になり(その結果、「韓流」とか「ヘイトスピーチ」などでも有名になってしまった)大久保(JR山手線の駅名は新大久保)はすぐ隣の町。ラブホテル街は大久保に近い。そんな歌舞伎町界隈の現在をとらえた映画でもある。ラブホテルの裏側(というか、内部。ホテルのフロントの奥)のようすが判る。外観は実際に新宿にある「ホテルアトラス」で撮影しているという。室内のシーンは、千葉県柏にある高級ラブホテル「ホテルブルージュ」というところで撮影されたとホームページに出ている。
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