尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「経済的徴兵制」がやってくる①

2015年08月05日 23時25分32秒 | 政治
 「経済的徴兵制」ということを書くと書いたのは、もう一月近く前の7月10日のことである。大分時間が経ってしまったけれど、「徴兵制」に関してはその後いろいろ議論する人もいるし、一度まとめて書いておきたい。徴兵制というものについて、日本ではちゃんと認識されていないと思うからである。日本国民はアジア太平洋戦争で約310万人の犠牲者を出したと言われている。その大部分が非常に無理な形で徴兵された兵士だった。どこで死んだか、遺骨も戻らないまま、戦死の公報だけ届いたような数多くの兵士がいた。都市空襲なども恐怖だったけど、徴兵で「お国に子どもを取られた」という深い悲しみと恐れ(と場合によっては怒り)の感情が今も残り続けている。

 だから、戦後の日本では徴兵制は絶対的なタブーに近い扱いを受けてきている。まあ、戦力を持たないはずの日本で、徴兵制を実施できるはずもないわけだが。だから、戦力不保持を定めた日本国憲法では、徴兵制に関しては何も規定していない。政府は憲法18条で禁止されている「苦役」に当たるという解釈で、「徴兵制は違憲」としてきた。でも、今回の集団的自衛権をめぐる解釈変更のように、無理に無理を重ねた(と思える)解釈変更ができるんだったら、徴兵制を苦役とする解釈を変更する方がずっと簡単だろう。だからこそ、徴兵制が心配だというような意見が出てくるわけである。

 しかし、今、「徴兵制が敷かれる」という事態は起こり得ない。戦争や徴兵制に関して、現代戦に適合した認識をしていれば、そういうことになると思う。しかし、それは別に「良いこと」ではない。むしろ「悪いこと」だろう。正規の兵士として、戦死・戦傷した場合は、国家による補償、恩給の対象になる。だが、「民間軍事会社」で働いて死傷しても、わずかの弔慰金だけで済まされるかもしれない。「戦死」なら大きく報じられて遺族も同情されるだろうが、「民間軍事会社」の犠牲は発表もされず秘密扱いを受け、遺族にも詳しいことは知らされないことも起こるだろう。

 今、世界の主要国で徴兵制を取っている国は、だんだん少なくなっている。ロシアや韓国、ベトナム、ギリシャ、トルコなどで採用されているが、歴史的な理由で「国民に軍事的警戒心を持たせる」という必要性が高い国が多い。日本でも「不甲斐ない現代の若者は、強制的に自衛隊に入れて鍛え直すべきだ」的なことを言う人が時々いる。そういう「国民教育」的な意味で、日本でも徴兵制(というと大問題になるだろうから、「自衛隊の体験入隊者を大学入試や就活で優遇すべきだ」的な意見)を主張する人は、今後も出てくることが予想される。

 現実的には、宣伝の意味がある短期の体験ならともかく、大々的な徴兵制など、自衛隊の方でも迷惑だろう。現代戦では、湾岸戦争やイラク戦争に見られたように、先にミサイル攻撃を繰り返し、その後になって地上軍が短期間進攻する。まあ、日本はアメリカ軍に協力するんだろうから、今はアメリカ軍の戦略を例に挙げた。もちろん、中国やロシア、あるいはアメリカと本格的に戦争しようとでも言うなら、とんでもない大兵力が必要になり、徴兵でもしないと集められないと思う。でも、アメリカ軍にくっ付いて協力するということなら、徴兵制を必要とするほどの大軍はいらないはずである。

 昔の戦争は「人海戦術」である。大軍で直接の肉弾戦を行う場合もある。日露戦争の奉天会戦では、日本軍24万、ロシア36万の60万もの大軍が戦ったという。また、1941年、独ソ戦直後に、日本も対ソ開戦を想定して関東軍に大動員をかけた「関東軍特種演習」では70万もの大戦力が集結した。これほどの大戦力は、徴兵で強制的に集めないとできることではない。逆に言えば、戦争が双方の陸軍どうしのぶつかり合い、あるいは戦艦どうしのぶつかり合い、つまり「空軍以前」の戦争にこそ、徴兵制が必要なのである。現代戦では、専門的な高度な技量をもつ少数の専門家と、その下で働く実動部隊が整備されていればいい。大企業と同じである。正社員は限りなく少なくし、派遣社員と外部の下請けが多くなる。軍隊も同様で、必要なのは「徴兵された正社員」ではなく、外部化された下請け、つまり「民間軍事会社」の方である。

 また、徴兵となると、誰が入ってくるかわからない。全員に徴兵検査をして、体力に優れたものだけ取ることになるが、その準備だけでも大変。国民の半分以上が今の安保法制に反対しているんだから、高齢の女性の方が反対が強いと言われるけど、若者にも当然反対派がたくさんいる。自衛隊の中で反戦運動を始めるような「危険分子」が紛れ込みやすい。国家と国家の「正式な戦争」はほとんどなく、今は「対テロ戦争」が主流となっている。どの国でも大変なのは、軍内にテロリストが入り込むことである。軍隊や警察内のテログループが、国家首脳を襲う事件は時々起きる。もちろん、テロリストは志願して入ってくることが多い。でも志願者だけを調査すればいいのに対し、徴兵なんてことになれば、若者全員の思想、宗教を調査しないといけない。ムダだし、無理である。そりゃあ、そういうことをしてみたいと夢想する「国家至上主義者」みたいなものもいるとは思うけど。

 ところで、それ以上に、徴兵制ができない理由がある。それは「徴兵制の平等性」である。これは次回に続けるが、徴兵制とは基本的に「身分制度」を打破した国民国家を作るものである。平時では、同世代の全員は軍隊にいらないから、抽選で軍隊に入営する人としない人が出た。しかし、戦争が激化すれば同世代の大部分が召集されたのである。都会に住んでいる学生なんかも、本籍地の郷里で徴兵検査を受けないといけなかった。都会には学生が多いが、地方の軍隊には高学歴者は少ない。当時は大学生なんかごく少数だから、軍隊では私刑の対象にされやすかった。軍隊は社会の各階層の「るつぼ」だったわけである。いろいろな「戦友会」の思い出などを読むと、一つの部隊に農家や商人、公務員もいれば、都会で働くホワイトカラーもいる。一生会うこともなかっただろう人々が、軍隊で知り合いになったわけである。

 今の与党の議員を見てみれば、親や祖父が国会議員だったという人が多い。そういう二世、三世議員からすれば、自分は一種の特権階級であって、親の秘書などを経て議員に当選した。やがて自分の子どもにも継がせたい。そんな自分や自分の子どもが戦地に行くことなど絶対にないはずが、徴兵制度なんかできれば、うっかり抽選で当たりかねない。徴兵を逃れたりすれば、国民の義務を逃れた過去があると、後々の選挙で問題にされかねない。「貧しい国民が自ら志願して軍隊に入る」というのが「彼ら」には望ましい。自分たちのような特権階級が軍隊に取られかねない「徴兵制度」など、今の保守党の議員が通すはずがないのである。では、軍隊(自衛隊)はどのように維持されていくべきだと「彼ら」は考えるだろうか、それは次回に。
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