今日見た古い日本映画2本のことを書いておきたい。一本目はフィルムセンターで見た木下恵介監督の「死闘の伝説」(1963)。名匠・木下恵介は作品数が多いので、ほとんど忘れられている作品がかなりある。それらの多くは軽いコメディやうまくいかなかった社会派映画なんだけど、この「死闘の伝説」はぶっちぎりの怪作だと思う。あまり上映の機会がなく、初めて見た。菅原文太が重要な役どころで出ていて、松竹時代にあまり恵まれなかった中で貴重な作品。菅原文太の追悼上映である。
昭和20年、終戦間近の北海道の奥地。どこだか判らないけど、相当の山奥という設定である。そこに病気で軍を除隊になった園部秀行(加藤剛)が帰ってくる。家族がここに疎開していたのである。そこには田中絹代の母や岩下志麻の妹の他、祖母、弟、妹が暮らしている。岩下志麻には地域の有力者、鷹森家の息子(菅原文太)から縁談が持ち込まれている。あまり気が乗らないが、有力一族だけに苦慮している。ところが、迎えに出た鷹森を見て、秀行は思い出すのであった。彼は天津戦線で上官だった人物で、率先して中国女性を襲っていたということを。
この話を聞いて、岩下志麻は縁談を断る決心がつき、世話になっている清水(加藤嘉)を通じて鷹森家に伝える。その後、馬に乗った鷹森が園部家の畑を荒らしまわり、そこから村がおかしくなっていく。8月13日、岩下志麻が山道を歩いているときに、馬に乗った菅原文太と行き交い、文太は馬で追いまわす。馬から引きずり落とすと、激高して襲ってくる。そこに清水の娘、百合(加賀まりこ=加藤剛に好意を抱いている)が助けに掛けつけ、加賀まりこが文太を石で打つと、動かなくなってしまう。
(「死闘の伝説」)
この事情を見ると、鷹森による強姦未遂事件に対する正当防衛または過剰防衛というケースなんだけど、有力一族の息子を疎開ものが殺したということで、村人は扇動されて銃を持って山狩りを始める。その時には、再疎開先を求めて、加藤剛は仙台に行っていて不在。知らずに町へ出た弟は襲われて死亡。逃げるのは岩下志麻、田中絹代など園部家の女4人に清水家の2人。銃はあるが男は加藤嘉だけ。こうして村を二つに割る壮絶な死闘が始まった。という展開で、たくさん死者が出る。
北海道を舞台にして、日本離れした設定のアクション、あるいは大ロマンを繰り広げる映画はたくさんあるが、「死闘の伝説」は中でもぶっ飛んでいる。どう考えても「中国での日本軍の残虐行為の批判」である。文太の行動は、中国戦線の行動を繰り返しているし、園部家には火を付けて燃やしてしまう。まるで「三光作戦」である。祖母(毛利菊枝)が「こんなことをして恥ずかしくないのか。こんなことでは日本は負ける」と批判すると、村人は銃撃して殺してしまう。祖母はまるで「日本帝国主義打倒」と叫んで殺された中国農民ではないか。あまりにも凄絶な犠牲を出した「死闘」は、戦後になるとタブーになり、今では大昔の「伝説」とされる。事件当時はモノクロで、冒頭とラストだけカラーで現在。映画の出来は悪くないのだが、木下映画としては異色すぎて評価にとまどう「怪作」。63年は岩下志麻と加賀まりこがもっともチャーミングだった時代だった。
フィルムセンターの2回目は「仁義なき戦い」で、もう何度も見ているから神保町シアターへ行って溝口健二「夜の女たち」。本当はここで今井正「人生とんぼ返り」という作品も見たかったのだが、「死闘の伝説」とかぶる。今、神保町シアターは「1945、46年の映画」を特集している。なかなか貴重な映画が多いが、フィルムセンターから借りた映画は3回しか上映がなく、なかなか時間が合わない。それに敗戦直後だからと言って、面白いわけでもない。映画史的に貴重な「初接吻映画」である「はたちの青春」を今回初めて見たけど、まあ映画としてはつまらない。日本国憲法の結婚規定、「両性の合意のみ」が本来はどのような意義があったかを考える意味があるけど。
(「夜の女たち」)
「夜の女たち」(1948)は前に見ているが、ほとんど忘れていた。東京の戦災ロケ映画は多いけど、これは大阪の映画。復興に向かいつつ戦災を残す大阪の街をロケする場面も多い。戦後の溝口復調の始まりと評価される映画だが、溝口特集で見ると今では少しきつい。戦争の犠牲と生活苦から、売春婦に「堕ちて」ゆく女たち。だけど、その真情をみると「男への復讐」があるのである。その戦争の犠牲のすさまじさに、改めて絶句する設定である。戦後直後には黒澤明や木下恵介がすぐに活躍し始めて、年長世代の溝口や小津が作った映画は失敗だったと言われる。概ねその通りだと思うが、時勢の急変の中で不得意な分野の映画を撮ると不本意な出来となる。それこそ巨匠であって、何でも小器用に撮れるようでは真の巨匠ではない。
やはり溝口は虐げられた女たちを描くときに本領を発揮する。それを確認したような映画だが、主演の田中絹代は溝口の前作「女優須磨子の恋」では松井須磨子役だった。それより庶民の女が街娼になるという役の方がうまい。ところで、田中絹代や山田五十鈴のように高齢時代をリアルタイムで知っている人と違い、戦前に活躍した女優は名前を知っていても、細かい情報を知らないことが多い。田中絹代の妹役で、姉と男を張り合う高杉早苗(1918~1995)は、戦前の松竹で「隣の八重ちゃん」以来島津保次郎のメロドラマなどにたくさん出ていた。僕も何本か見ているが、その後のことを知らなかった。人気絶頂の1938年、歌舞伎俳優の市川段四郎(三代目)に見初められ結婚。長男がなんと、2代目市川猿之助(現・猿翁)で、次男が4代目段四郎。次男の子が今の4代目猿之助である。高杉早苗は、当代の猿之助と香川照之の祖母だった。
昭和20年、終戦間近の北海道の奥地。どこだか判らないけど、相当の山奥という設定である。そこに病気で軍を除隊になった園部秀行(加藤剛)が帰ってくる。家族がここに疎開していたのである。そこには田中絹代の母や岩下志麻の妹の他、祖母、弟、妹が暮らしている。岩下志麻には地域の有力者、鷹森家の息子(菅原文太)から縁談が持ち込まれている。あまり気が乗らないが、有力一族だけに苦慮している。ところが、迎えに出た鷹森を見て、秀行は思い出すのであった。彼は天津戦線で上官だった人物で、率先して中国女性を襲っていたということを。
この話を聞いて、岩下志麻は縁談を断る決心がつき、世話になっている清水(加藤嘉)を通じて鷹森家に伝える。その後、馬に乗った鷹森が園部家の畑を荒らしまわり、そこから村がおかしくなっていく。8月13日、岩下志麻が山道を歩いているときに、馬に乗った菅原文太と行き交い、文太は馬で追いまわす。馬から引きずり落とすと、激高して襲ってくる。そこに清水の娘、百合(加賀まりこ=加藤剛に好意を抱いている)が助けに掛けつけ、加賀まりこが文太を石で打つと、動かなくなってしまう。
(「死闘の伝説」)
この事情を見ると、鷹森による強姦未遂事件に対する正当防衛または過剰防衛というケースなんだけど、有力一族の息子を疎開ものが殺したということで、村人は扇動されて銃を持って山狩りを始める。その時には、再疎開先を求めて、加藤剛は仙台に行っていて不在。知らずに町へ出た弟は襲われて死亡。逃げるのは岩下志麻、田中絹代など園部家の女4人に清水家の2人。銃はあるが男は加藤嘉だけ。こうして村を二つに割る壮絶な死闘が始まった。という展開で、たくさん死者が出る。
北海道を舞台にして、日本離れした設定のアクション、あるいは大ロマンを繰り広げる映画はたくさんあるが、「死闘の伝説」は中でもぶっ飛んでいる。どう考えても「中国での日本軍の残虐行為の批判」である。文太の行動は、中国戦線の行動を繰り返しているし、園部家には火を付けて燃やしてしまう。まるで「三光作戦」である。祖母(毛利菊枝)が「こんなことをして恥ずかしくないのか。こんなことでは日本は負ける」と批判すると、村人は銃撃して殺してしまう。祖母はまるで「日本帝国主義打倒」と叫んで殺された中国農民ではないか。あまりにも凄絶な犠牲を出した「死闘」は、戦後になるとタブーになり、今では大昔の「伝説」とされる。事件当時はモノクロで、冒頭とラストだけカラーで現在。映画の出来は悪くないのだが、木下映画としては異色すぎて評価にとまどう「怪作」。63年は岩下志麻と加賀まりこがもっともチャーミングだった時代だった。
フィルムセンターの2回目は「仁義なき戦い」で、もう何度も見ているから神保町シアターへ行って溝口健二「夜の女たち」。本当はここで今井正「人生とんぼ返り」という作品も見たかったのだが、「死闘の伝説」とかぶる。今、神保町シアターは「1945、46年の映画」を特集している。なかなか貴重な映画が多いが、フィルムセンターから借りた映画は3回しか上映がなく、なかなか時間が合わない。それに敗戦直後だからと言って、面白いわけでもない。映画史的に貴重な「初接吻映画」である「はたちの青春」を今回初めて見たけど、まあ映画としてはつまらない。日本国憲法の結婚規定、「両性の合意のみ」が本来はどのような意義があったかを考える意味があるけど。
(「夜の女たち」)
「夜の女たち」(1948)は前に見ているが、ほとんど忘れていた。東京の戦災ロケ映画は多いけど、これは大阪の映画。復興に向かいつつ戦災を残す大阪の街をロケする場面も多い。戦後の溝口復調の始まりと評価される映画だが、溝口特集で見ると今では少しきつい。戦争の犠牲と生活苦から、売春婦に「堕ちて」ゆく女たち。だけど、その真情をみると「男への復讐」があるのである。その戦争の犠牲のすさまじさに、改めて絶句する設定である。戦後直後には黒澤明や木下恵介がすぐに活躍し始めて、年長世代の溝口や小津が作った映画は失敗だったと言われる。概ねその通りだと思うが、時勢の急変の中で不得意な分野の映画を撮ると不本意な出来となる。それこそ巨匠であって、何でも小器用に撮れるようでは真の巨匠ではない。
やはり溝口は虐げられた女たちを描くときに本領を発揮する。それを確認したような映画だが、主演の田中絹代は溝口の前作「女優須磨子の恋」では松井須磨子役だった。それより庶民の女が街娼になるという役の方がうまい。ところで、田中絹代や山田五十鈴のように高齢時代をリアルタイムで知っている人と違い、戦前に活躍した女優は名前を知っていても、細かい情報を知らないことが多い。田中絹代の妹役で、姉と男を張り合う高杉早苗(1918~1995)は、戦前の松竹で「隣の八重ちゃん」以来島津保次郎のメロドラマなどにたくさん出ていた。僕も何本か見ているが、その後のことを知らなかった。人気絶頂の1938年、歌舞伎俳優の市川段四郎(三代目)に見初められ結婚。長男がなんと、2代目市川猿之助(現・猿翁)で、次男が4代目段四郎。次男の子が今の4代目猿之助である。高杉早苗は、当代の猿之助と香川照之の祖母だった。